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教養・歴史 書評

現代の精神の行方を問うた気鋭の研究者の遺著 評者・後藤康雄

『人類精神史 宗教・資本主義・Google』

著者 山田仁史(宗教民族学者)

筑摩選書 1980円

 インターネットは我々の生活を劇的に便利にしただけでなく、現実のものの見方や感じ方をも変えつつある──そうした感覚を持つ向きは多いのではないか。本書は、気鋭の宗教民族学者が、太古から今日に至るまで人類が何を「現実」ととらえ、精神をいかに変容させてきたかを独自の枠組みで語るものである。

 我々の現実とはあくまで感覚や認知などを通じたものとの前提に立ち、歴史が大きく三つの時代に分けられる。文字のない先史時代、人類は自然に直接対峙(たいじ)し、神をおそれの対象とした。この時代のリアリティー(現実)をR1、文字の誕生後をR2と呼んで著者は区別する。後者は書物等に立脚する現実であり、新たな神として貨幣が君臨した。そして、おそれの対象はその喪失をもたらす失業などへと移っていった。

 ここまではドイツの哲学者ヤスパースの枠組みを踏まえたものだが、著者はさらに、インターネット経由の膨大な情報による仮想環境からなるR3の局面に現代はあると考える。現実の変化に呼応して精神のありようも変わってくる。そこでの神はGoogleに象徴される情報プラットフォームであり、おそれの対象は情報空間に移行する。確かに、ネット上の情報拡散は時に致命傷となる。

 我々は、文字やインターネットを画期的なイノベーションと位置づけ、通常、本書で紹介されるポーランド映画の主人公のように「読み書きなんか習うんじゃなかった」とは考えない。しかし、インターネットに対しては時にそうした感情を持つことがあるように思う。

 情報化という新たな現実はいやおうなく進む。そこでの精神のゆくえに、著者はある種の歴史的達観に基づくポジティブな見解を示す。R3およびそこで重要な役割を担うAI(人工知能)はもはやコントロール対象ではなく、人類と影響し合い相互に変化を促すとみる。その先に待つのはいかなる社会と精神か。答えは、今後を嘱望されながら若くして逝去した著者は明示しておらず、読者に委ねられている。

 本書の内容は経済に深く関わりつつも、元々の主たる関心は現代日本人の精神構造の形成にある。国内外の思想家や論客があまた引用され、読者の教養も試される。とはいえ難解な専門書ではなく、繊細な感性がにじむエッセー的要素も含み、味わい深い。著者が我々に真に訴えたかった未完の要素は、昨今のタイムパフォーマンス重視の読み方からは決して見えてこないだろう。

(後藤康雄・成城大学教授)


 やまだ・ひとし 東北大学文学部卒業後、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程満期退学。東北大学大学院文学研究科准教授を務めた。著書に『首狩の宗教民族学』など。2021年に逝去。


週刊エコノミスト2023年2月21日号

『人類精神史 宗教・資本主義・Google』 評者・後藤康雄

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