企業の芸術支援は社員の感性を高め生活者の変化を知る機会に 評者・藤原裕之
『アートプレイスとパブリック・リレーションズ 芸術支援から何を得るのか』
著者 川北眞紀子(南山大学教授) 薗部靖史(東洋大学教授)
有斐閣 3410円
製品のコモディティー化(高付加価値商品の一般化)が進み、環境や地域に良い影響を与える商品(ソーシャルグッド)への要求が高まるなか、より重要性を増しているのがアートだ。一方、アートが企業にもたらすメリットについては観点が十分に定まっていない。本書は「アートプレイス」を企業が人々と接触するパブリック・リレーションズ(公衆との望ましい双方向関係化)のメディアと捉え、企業による芸術支援の意義と本質を浮かび上がらせる。
本書ではアートプレイスを、企業の利害関係者と相互作用性が高いか低いか(交流型か鑑賞型か)、運営主体が自社か外部かで四つに分類する。また、さらに資生堂やベネッセコーポレーションなど8企業の豊富な事例をタイプ別に整理することで、企業の芸術支援のスタイルが相対比較できるようになっている。
芸術支援が企業にもたらすメリットには、社員の感性を高める効果(内部効果)と消費者の知覚を変化させる効果(外部効果)がある。例えば岡山県倉敷市の大原美術館では、企業向けに対話型作品鑑賞を取り入れた研修を実施している。そこで参加者は、同じ企業で同じプロジェクトに取り組む人々が同じ作品を鑑賞しても、全く異なる着眼点を持っていることに気付かされる。また、東京都渋谷区のロフトワークでは、デジタルとリアルの双方で企業とクリエーターが出会うプラットフォームを提供し、企業が新しい気付きを得る機会を作り出している。
芸術支援を消費者との関係づくりにつなげている事例として紹介されるのが、トヨタ自動車によるメセナ活動の「トヨタコミュニティコンサート」である。いったん本業と離れて芸術支援をすることで損得勘定が消え、良い印象のままに地域の人々とつながることができる。そして、音楽コンサート時の雑談の中から敏感に生活スタイルの変化を読み取って、より自然な提案につなげる事業である。同じく音楽との関わりでは、数々の演奏会を開催しているサントリーホール(東京都港区)が、サントリーの社会的企業としてのプレゼンスをより幅広い消費者層に届けていることは周知の事実だろう。
本書を、読者が自社の芸術支援に活用するにはどうすべきか。社員の感性を磨きたければロフトワークのような体験の場が適している。自社のブランド価値を広く浸透させたいのであればサントリーホールのように消費者に広くリーチできるスタイルが効果的だ。企業と芸術の関係がしなやかにイメージできる一冊だ。
(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)
かわきた・まきこ 筑波大学芸術専門学群卒業後、慶応義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了。広告事務所を主宰。著書に『広報・PR論』(薗部靖史との共著)などがある。
そのべ・やすし 早稲田大学商学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。主著は同上。
週刊エコノミスト2023年3月7日号掲載
書評 『アートプレイスとパブリック・リレーションズ 芸術支援から何を得るのか』 評者・藤原裕之