教養・歴史書評

やはり中国は“世界の工場” グローバル化する生産体制を分析 評者・近藤伸二

『脱「中国依存」は可能か 中国経済の虚実』

著者 三浦有史(日本総合研究所調査部上席主任研究員)

中公選書 1980円

 多くの製品に追加関税をかけ合う「貿易戦争」を繰り広げている米中の貿易額が2022年、過去最高を更新した。両国はハイテク技術を巡っても規制を強化するなど激しく対立しているのに、なぜ経済関係が緊密化するのか? そんな疑問に答えたのが本書である。

 鍵となるのが、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)だ。GVCは「生産拠点の海外移転によってグローバルに配置された生産工程の分業に基づく付加価値の連鎖」を意味し、本書はGVCにおける中国の役割に焦点を当てている。

 近年、中国は最終財だけでなく中間財の輸出国としても台頭し、世界のGVCで欠かせない存在となった。一方で、世界最大の中間財輸入国でもあり、GVCへの依存を強めている。その結果、「世界の製造業は中国なしには立ち行かないが、中国の製造業も世界なしでは成り立たない」相互依存関係になった。

 特に、中国は電機・電子産業と繊維産業の集積が厚く、「世界の工場」としての地位を不動のものにしている。既存の産業集積は新たな集積を呼び、さらにサプライチェーン(供給網)が拡大していく。

 また、中国からの工場移転先として脚光を浴びるベトナムの製造業就業者は21年で1115万人なのに対し、中国は1億1021万人。労働市場の規模でも中国を代替できる国はない。中国は「事業をグローバルに展開している企業にとって、中国抜きの経営戦略はありえず、持ちうる経営資源を集中的に投下すべき国」なのだ。

 このため、どの国も中国とデカップリング(切り離し)するには莫大(ばくだい)なコストがかかる。著者は「デカップリングは安全保障などごく一部の分野で、しかも限られた地域でしか進まない」と指摘する。

 米国の対中輸入で最も多い品目はスマートフォンで、米アップルの「iPhone」の委託生産も中国に集中している。リスク分散のため、インドでも製造し始めたが、その規模は限られている。部品サプライヤーの4分の1が中国で操業し、その数は今後も増えると見込まれており、離れることができないのだ。

 こうした分析から、著者は「現在のGVCを踏まえれば、日本が中国を排除したサプライチェーンを構築するというのは非現実的である。このことは米国にも当てはまる」と結論付ける。近年、経済安全保障の重要性が増すにつれ、「脱中国依存」が声高に叫ばれるが、本書はその議論をする際に基礎となる書である。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 みうら・ゆうじ 1964年生まれ。早稲田大学社会科学部卒。日本貿易振興会(JETRO)入会後、初代ハノイ事務所所長などを経て現職。著書に『不安定化する中国』(第6回樫山純三賞)などがある。


週刊エコノミスト2023年3月14日号掲載

書評 『脱「中国依存」は可能か 中国経済の虚実』 評者・近藤伸二

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