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新型出生前診断「NIPT」 陽性だった妊婦へのケアに課題 河合蘭

医療施設で採血された母体血が集まってくる検査会社「Gene Tech」の解析室。撮影時に解析された48件は1件に「陽性」が出た 筆者撮影
医療施設で採血された母体血が集まってくる検査会社「Gene Tech」の解析室。撮影時に解析された48件は1件に「陽性」が出た 筆者撮影

 新型出生前診断「NIPT」は、国が認証する医療施設とは別に、認証外の医療施設も検査を手掛けるが、そのはざまで置き去りになっている問題もある。

厚労省が2年前「出生前診断を広報する」に大転換

 胎児に染色体異常がある確率を高い精度で判定する、新型出生前診断「NIPT」(Non-Invasive Prenatal Genetic Testing=無侵襲的出生前遺伝学的検査)。国は「命の選別」につながるとして検査の周知を控えてきたが、2021年に医師や自治体に対し「妊婦への情報提供」を求めるとする方針転換に踏み切った。同時に、国も参画して実施施設の審査などを担う新たな制度も設けられた。

 だが、新たな方針が示されてから2年近く経過した今も、実施施設は玉石混交で、妊婦にとっての状況はほとんど変わらない。NIPTを希望する妊婦のケアはどうすればよいのか。

 まず、日本の出生前検査の歴史を振り返ってみたい。

 1970年代、国内初の出生前検査として、子宮に針を刺して羊水を採取し、胎児の状態を調べる「羊水検査」が導入された。これに伴い、産婦人科医らが胎児の先天異常を理由とする中絶を合法的に実施できるよう法改正を求めたところ、障害者団体から大きな反対運動が起こった。人工妊娠中絶の自由を求める女性団体も「優生政策である」と批判。以来日本では、この議論はタブー視され、法的には今もグレーゾーンだ。

 94年、「母体血清マーカー検査」という最初の血液検査が導入されると、一部の産科医療施設が妊婦健診のルーティンとしてこの検査を実施し始めた。マスコミ報道は「検査反対」の論調で埋め尽くされた。これを受けて旧厚生省は99年、「積極的に(出生前検査の)情報を知らせる必要はない」との見解を打ち出す。産婦人科医たちは、出生前検査について口を閉ざすようになった。

 一方、胎児超音波検査の技術が発達し、海外では検査が多様化した。米国では出生前検査で見つかった胎児の病気を治して命を救ったり、障害を軽くしたりする「胎児医学」のセンターが次々にできた。胎児の染色体異常は高齢出産でリスクが高まるが、米産婦人科学会は「年齢に関係なく、すべての妊婦に情報提供をすべき」というスタンスを取る。英国では妊婦ケアの一環として、胎児検査は全額、国が賄っている。

 だが、こうした動きが日本に伝わることはなかった。関係者の間では「鎖国状態」とまでいわれていた。

妊婦高齢化で急拡大

NIPTの検査キット
NIPTの検査キット

 こうした状況に変化をもたらしたのは、13年に国内に導入されたNIPTだ。NIPTは、羊水検査や胎盤の一部を採取する絨毛(じゅうもう)検査と違って確定的な検査ではないが、血液検査のみで行うため、確定検査と違って流産などのリスクがないというメリットがある。

 日本では00年代に入り、女性の社会進出の進展により、出産年齢が上昇した。NIPTで調べられるのは染色体が通常2本のところ3本あるダウン症候群(21トリソミー)、18トリソミー、13トリソミーなどさまざまな合併症や知的障害がある先天性疾患で、いずれも母体年齢が上がると発生率が高くなる。NIPTは当初、受検に総額20万円以上かかったが、ニーズは急速に高まった。

 NIPTの広がりとともに目立ち始めたのが、産科とは無関係な美容整形や内科のクリニックが開設する検査実施施設だ。NIPTは、検査を実施できるのは日本医学会の認めた「認定施設」に限る、というルールの下で日本に導入された経緯がある。だが、当時の認定制度には、産婦人科医に加えて「臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー、小児科医を配置すること」など、大病院でなければ満たし得ない条件が含まれていた。このため、認定施設は増えず、非公認で検査を行う「無認定施設」が全国に次々に現れ、ネット戦略を展開したのである。

 無認定施設も医療機関であり、違法ではない。では、利用者から見た認定施設と無認定施設の違いは何なのか。

 最も大きな違いは、検査前後のカウンセリング体制である。認定施設では、検査前に夫婦同席で認定遺伝カウンセラーが約1時間の遺伝カウンセリングを実施し、検査後に起き得ることについて説明したり、本当に検査が必要かどうかを話し合ったりする。NIPTで万が一、陽性となった場合には、心理的サポートを提供し、確定検査に進むかどうかなどを話し合う。

 一方、無認定施設は、妊婦が独りで訪れてもよく、その場ですぐに採血となる。検査結果が陰性で「異常なし」と判定された妊婦は、「スピーディーに検査ができてよかった」という印象を持つだろう。問題は、陽性と判定された場合だ。

 NIPTの精度は妊婦の年齢などによって変化する。日本医学会のサイトによると、42歳でダウン症の確率が高いとされた場合の精度は99%だが、これが25歳で13トリソミーとなると17%まで落ちてしまう。NIPTで陽性判定が出ても、確定検査を受けなければ診断にならない。だが、無認定施設の中には、検査結果の報告をメールや郵送で済ませ、内容について一切説明しない施設が多い。

「認定」から「認証」へ

 また、認定施設は、原則として三つのトリソミー以外の病気の判定は行わない。誤って陽性と出る「偽陽性」の多さなどを踏まえた対応だが、無認定施設の中にはその他の病気の検査を実施しているところも多い。

 こうしたことから、認定施設の医師の間では、国に対して無認定施設への公的な指導を求める声も上がっていた。

 国は21年、ようやく重い腰を上げ、出生前検査、特にNIPTの実施方針について話し合う専門委員会を組織した。新たな方針では、自治体で母子手帳の交付業務に当たる保健師に、出生前検査の注意点などを説明するよう求めた。23年度の政府予算案には、出生前検査認証制度の広報啓発事業費を計上した。99年に示した「見解」から180度方針転換した格好だ。

 旧認定制度に代わる新たな認証制度を設け、旧制度を運営していた日本医学会の中に、福祉関係者などを含めた新たな委員会が組織された。全国の大学病院など169施設を「基幹施設」とし、その下に小規模クリニックでも参加できる「連携施設」という新たな区分を設置。これにより、認証施設の総数は旧制度下の認定施設の3倍半に当たる378施設まで増えた。

 また、旧制度で「35歳以上」としていた年齢制限を撤廃し、カウンセリングを受けても不安が消えない妊婦に対しては、本人が希望すれば何歳でもNIPTを提供できるとした。

 認証施設の増加に伴い、自然発生的に生じたのが価格競争だ。実施施設から検査を請け負う検査会社の新規参入も増え、低価格化に一役買っている。旧制度では、NIPTは20万円程度が相場だったが、「今後は10万円前半から、安い施設では10万円を切っていくだろう」と多くの産科医が予想する。

 これは妊婦にとって願ってもないことだ。日本では、NIPTは保険適用外で、公的助成の仕組みもない。経済格差による不公平があるのが、もう一つの問題でもある。一方、医療施設の運営は厳しくなる。種村ウィメンズクリニック(名古屋市)院長の種村光代医師は「検査件数が増えて、検査会社の原価が下がるなら問題はない。ただ、医療施設の利幅が小さくなると、心配になるのはカウンセリングの不足の問題だ」と漏らす。

 種村医師は昨秋から連携施設としてNIPTを開始したが、もともと胎児超音波検査のエキスパートであり、その所見によりその人に一番適した出生前検査を提案してきた。胎児の診察は一切なく、いきなり採血を始める施設もあるが、超音波検査で明らかな異常が認められた場合は、NIPTではなくすぐに確定検査を検討したほうがいいケースもある。

 価格競争の激化によって、医療施設が薄利多売を迫られると、種村医師のクリニックのように丁寧な検査体制を貫く施設ほど経営が圧迫されてしまう。高知大学医学部産科婦人科の永井立平医師は「より安い施設を求めて近隣の県へ移動している妊婦もいる」とし、「医療施設が価格競争に身をやつすのは健全とは思えない。自治体などの助成を検討する必要性もあるのではないか」と指摘する。

「産科医に断られた」

 認証施設と認証外の施設が激しい価格競争を繰り広げる都市部と異なり、地方によっては、そもそも産科医療施設そのものが少ないという問題がある。

 かつて東北唯一の認定施設として検査を支えた宮城県立こども病院には、今も妊婦が集中する。産科部長の室月淳医師は、「無理をしてNIPTや遺伝カウンセリングの枠を増やせば、本来の使命である病気のある胎児や新生児の治療に支障をきたす。特に専門性が必要なケースは当院で引き受けるので、できれば多くの病院にNIPTを引き受けてほしい」と強調する。

 室月医師は、地域の体制を作ろうと臨床遺伝専門医がいる県内の医療機関に声をかけてきた。「どの妊婦も孤立させたくない」と、今後は認証外施設との連携も考えているという。

 約100カ所の認証外施設と提携してNIPTを提供している「DNA先端医療」(東京都渋谷区)の代表取締役、栗原慎一氏にも話を聞いた。栗原氏は元商社マンで、出産に不安を抱える妊婦がNIPTを受けられる施設が少ないことを知り、疑問を感じて18年に会社を設立した。

 米国では6割の妊婦がNIPTを含む何らかの出生前検査を受けるが、日本医学会のサイトによると日本は1割程度にとどまる。

 栗原氏は「医療機関と手を組むことで、NIPTの実施施設を増やしたいと考えた。より多くの妊婦が検査を受け、安心して産める環境が整えば、少子化対策にもつながるはずだと思った」と話す。だが、「産科医と提携したいと思って連絡しても、こちらが認証外と分かった瞬間に直ちに断られた。やむなく美容系の皮膚科などを中心に提携クリニックを増やすことにした」という。

 認証外の施設は一般的に、カウンセリングをおざなりにしているといわれるが、同社では予期せぬ検査結果を受けて困った時にも利用できる無料電話相談窓口を設け、認定遺伝カウンセラーが相談に乗っている。

 今、検索サイトで「NIPT」と入力すると、上からずらりと認証外施設が並ぶ。現在、NIPTの半数以上が、認証外施設で行われているとみられる。だが、そこで陽性と判定された女性たちがその後どうしているのか追跡調査もなく、実態は明らかになっていない。

 認証施設と認証外の施設が混在し、対立し合う背景には、国が出生前検査への関与を避け、対応を現場に投げてきた長い歴史がある。出生前検査についてはさまざまな意見があり、それは今後も変わらないだろう。その中で欠かせないのは、陽性判定を受けた妊婦へのケアであることは間違いない。

 認証・認証外を問わず陽性判定を受けた妊婦がカウンセリングを受けられる仕組みなど、まだまだ検討すべき課題はある。今後は国がリーダーシップを発揮する責任がある。

(河合蘭・出産ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載

新型出生前診断「NIPT」 厚労省の方針大転換で競争激化 陽性判定後の妊婦ケアに課題=河合蘭

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