国際・政治

スリランカ経済崩壊の深層/下 公益を無視し続ける罪深き政治・経済指導者たち ニシャン・デメル

経済危機によって70%というインフレにスリランカ国民は苦しめられている
経済危機によって70%というインフレにスリランカ国民は苦しめられている

 社会のあらゆる層が、統治の腐敗に抗議の声を上げるが、政府は反テロ法を盾に阻止。公共の利益を顧みることのない意思決定者の前に国際機関も無力だ。深刻な経済危機に陥っているスリランカの現状を、同国のシンクタンク「ヴェリテリサーチ」のニシャン・デメル代表が報告する。今回は最終回。

 日本で開発された革新的な問題解決手法は、世界にとって大きな財産となっている。「カイゼン」はじめ問題解決ツールの根幹をなすものの一つが、根本原因分析である。

 例えば、日本の発明家であり実業家であった豊田佐吉(トヨタグループ創始者)が開発した技法は、問題の表面的な原因ではなく、最も重要な根本原因を発見するまで繰り返し(5回以上でも)、WHY(なぜ?)を問うものであった。

既得権益

 このような根本原因の分析に取り組むことで、スリランカの経済問題はそのガバナンス(統治)に根ざしていることが、現在、スリランカを分析する多くのアナリストにより明らかになった。

 それは、根深い腐敗の問題であり、意思決定者が公共の利益ではなく既得権益に導かれているという点だ。これらの要因で、スリランカはほとんど首が絞まるような状態になってしまっている。

 スリランカの人々がこのことに気づき、社会のあらゆる層がガバナンスの腐敗に抗議しようとする中、政府は反テロ法を用いて抗議者を逮捕することで、こうした抗議活動の弾圧に乗り出している。政府はさらに進んで、期限を過ぎている選挙の実施を妨げている(詳細は本誌3月14日号の「スリランカ経済崩壊の深層 ㊤」参照)。

 国際通貨基金(IMF)は2022年6月、汚職に対する脆弱(ぜいじゃく)性がスリランカのマクロ経済の失敗の主要な要因であると説明し、経済回復への道筋として、これらの脆弱性に対処する必要があると発表した。しかし、現時点でIMFはそれらの脆弱性を改善するための適切な行動を理解することも、制定することもできていない。

 例えば、22年12月にスリランカは、22年9月にスタッフレベルで合意した際に、IMFとともに設定した財政目標を達成することを掲げた予算を実施した。しかし、ヴェリテリサーチが行った予算の分析によると、予算とともに制定された政策により、スリランカは主要な歳入目標を約10%も下回るという致命的な結果になることが明らかになった。

 こうした的を射ない政策は、深刻な経済危機にもかかわらず、スリランカの意思決定がいかに既得権益に支配され続けているかを如実に示すものである。

不足するたばこ消費税

 こんな事例もある。スリランカでは、たばこの消費税で約1400億スリランカルピー(約580億円)の収入を得るという目標がある。だが、実際に実施された政策では、約900億スリランカルピーしか達成できない。不足する500億スリランカルピーは、スリランカが貧困層に支給している生活保護費の全額に匹敵する。スリランカは、日本を含む国際社会にスリランカの貧困層への支援を求めているにもかかわらず、である。

 砂糖の商品税は99%以上減税され、毎月約20億スリランカルピーの歳入を政府から奪っている。この砂糖税の4カ月分で、資金不足を理由に延期されている選挙の費用を賄うことができる。

 スリランカは過去56年間で、28年間IMFのプログラムに参加してきた。16のIMFプログラムのうち、ほぼ半数が未達成である。直近の三つのIMFプログラムは12年間にわたった。しかし、スリランカが当初のプログラムの歳入目標を達成できたのは、わずか2年間だけである(図)。

 現在のIMFプログラムもまた、おなじみの失敗の道をたどることになりそうだ。なぜなら、IMFのプログラムは一般に応急処置的なものにとどまり、問題の根本原因に対処できないからである。IMFは、汚職に対する脆弱性をスリランカのマクロ的な重要問題として認識しているにもかかわらず、そうした脆弱性に適切に対処するための行動をプログラムの中に組み込むことができていない。

 例えば、ウクライナにおける前回のIMFプログラムでは、プログラム目標の一部として独立した汚職検察庁を導入した。だが、スリランカのプログラムでは、同じ緊急の必要性があるにもかかわらず、同等のターゲットがない。

国民のためにならないIMF

 現在想定されているIMFプログラムは、IMFが期待する汚職の減少に役立つのではなく、皮肉にも政府が汚職行為を拡大し、政府に対する抗議行動を弾圧するのに役立っている。

 つまり、スリランカ政府は、現在の抗議行動の弾圧と選挙の抑圧は、経済の安定を確保するために必要であると主張しており、それはIMFプログラムを始動させるために必要な前提条件であると主張している。IMFは政府が現在、設計が不十分で既得権益に奉仕する政策だけでなく、民主的機構の停止を正当化するためのスケープゴートになっているのである。これは、スリランカが現在の経済危機から持続的に回復するための道ではない。

 したがって、スリランカが民主主義の危機でもある現在の経済危機から脱却するには、ガバナンスの危機を解決できなければならない。現在のIMFプログラムはその目的を達成するためのものではないし、今後数カ月のうちに承認され前進したとしても、それが失敗の原因となるだろう。

 現在スリランカは、インド、中国、大多数の民間債券保有者、パリクラブ(囲み参照)から、さまざまなレベルの債権者の保証を受け、IMFプログラムを進めている。これらのうち債券保有者と中国は、スリランカとIMFの間で交渉された経済回復経路の実現可能性について懸念を表明している(3月7日、中国がスリランカの債務再編に前向きな姿勢を表明)。

パリクラブ
 債務返済困難に直面した債務国に対し、2国間公的債務の債務救済措置を取り決める非公式な債権国会合のこと。原則として年10回、フランス経済産業雇用省(パリ)で開催されることが、名前の由来とされる。
 パリクラブは、主要債権国22カ国で構成。フランスが主催国・議長国を務めており、経済産業雇用省の国庫・経済政策総局内にパリクラブ事務局が設置されている。
 パリクラブメンバー国(22カ国)は以下の通り。日本、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、イタリア、カナダ、ロシア、アイルランド、オーストラリア、オーストリア、オランダ、スイス、スウェーデン、スペイン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、ベルギー、イスラエル、韓国、ブラジル。(編集部)

 パリクラブとインドは、スリランカが定められた道筋に従うことを約束するよう求めているに過ぎない。

 スリランカの債務問題には、根本的な「原因追究」が必要である。

 IMFや国際社会が根本的な解決策を講じることの重要性に早く気づけば、スリランカの経済の将来はより良いものになるだろう。

(ニシャン・デメル、ヴェリテリサーチ代表)


週刊エコノミスト2023年4月4日号掲載

デフォルト スリランカ危機/下 公益を無視し続ける罪深き政治・経済指導者たち=ニシャン・デメル

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