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週刊エコノミスト Online 創刊100年特集~Archives

【再掲載・リーマンショック】米大手銀が巨額損失計上へ 「信用崩壊」の悪循環が始まる 草野豊己

 
 

(2008年10月7日号に掲載)

2008年、世界的な金融危機となったリーマン・ショック。15年がたった今、米国のシリコンバレー銀行、スイスのクレディ・スイスの破綻などで、世界は再び金融危機に陥るのではないかという不安がよぎる。『週刊エコノミスト』はリーマン・ショックをどのように伝え、分析したのか。当時の記事を再掲載して振り返る。

特集 金融10月危機

米投資銀行大手リーマン・ブラザーズの経営破綻が引き金となって再燃した金融市場の大混乱は、依然として収まる気配が見えない。米ブッシュ政権は大量の流動性供給や計100兆円を超える公的資金枠設定などの政策を総動員し、金融システムの崩壊を食い止めようと必死だが、米大手商業銀行が四半期決算を発表する10月中下旬に米国と世界はさらなる正念場を迎える。(編集部)

 次々と押し寄せる金融危機の大津波に襲われる現在の米国の姿は、金融危機に苦しんだ1990年代の日本とまったく同じように見える。

 証券大手ベア・スターンズへの特別融資や同リーマン・ブラザーズの経営破綻は、97年の山一証券に対する日銀特融やその後の破綻になぞらえることができるし、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)、連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)の政府支援金融機関(GSE)の公的管理は、96年の住宅金融専門会社(住専)への公的支援とだぶって見える。

 また、保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の危機は、97~2001年の千代田生命保険や大成海上火災保険など生損保の経営破綻を想起させる。

 
 

 さらに、最大75兆円の不良債権買い取りを柱とする米政府の金融安定化策は、99年の整理回収機構(RCC)の発足を決めた構図と同じだ。

 金融政策面でも既視感がある。米連邦準備制度理事会(FRB)の実質マイナス金利政策やドル資金の大量供給は、日銀のゼロ金利政策や量的金融緩和を彷彿とさせるし、FRBの受け入れ担保債券の要件緩和は、銀行から株式まで買い取った日銀の対応と似ている。

破壊力の大きい「21世紀型金融危機」

 しかし、根本的に違うのは金融危機の津波のスピードと破壊力の大きさだ。日本では96~97年に不良債権問題が深刻化し、99年に銀行へ公的資金を注入するまで3年を要したが、今回の米国では同様のことがわずか半年で起きている。これは「米金融当局が迅速に対応していることの結果だ」と評価する声もあるが、米当局の対応は危機の進行スピードに比べて決して迅速とは言えず、むしろ危機を後追いする格好で後手に回っている観がある。

 これほどのスピードと破壊力を持っているのは、今回の危機がこれまで誰も経験したことがない「21世紀型金融危機」だからだ。21世紀に入り、世界の金融市場は株式、債券、為替などの平易で簡単な「プレインバニラ(トッピングのないアイスクリーム)金融」から、デリバティブ(金融派生商品)などの複雑で難解な「エキゾチック金融」へとその中心が移行した。

 金融市場を氷山に例えると、「プレインバニラ金融」は海面上に見える部分で「エキゾチック金融」は海面下の見えない部分に相当する。それぞれの市場規模は「プレインバニラ金融」の株式市場や債券市場が60兆ドル程度であるのに対して、「エキゾチック金融」の派生商品の想定元本はその10倍の600兆ドルにも達している。今回の金融津波は海面下の巨大な「エキゾチック金融」で起こっているだけに、その破壊力も強烈だ。

続いた「日曜日の悪夢」

 米金融当局の対応が後手に回って慌てている様子は、相次ぐ日曜日の政策発動からも明らかだ。その経過をたどってみたい。

 金融津波の第1波が襲ったのは3月16日、JPモルガン・チェースが、資金繰り難から経営危機に陥った大手証券ベア・スターンズを救済合併すると発表。同時に、FRBは大恐慌直後の1932年にできた制度を初めて発動し、ベアが保有する高リスクの住宅ローン担保証券(RMBS)を担保にした290億ドルの特別融資を実施するとともに公定歩合の緊急引き下げ、さらに大手証券で構成されるプライマリー・ディラー(米国債の公認ディーラー)に対する特別融資制度の導入を発表した。

 しかし、第2波が襲ってきた。7月13日の日曜日、米財務省とFRBは経営不安が指摘されたファニーメイとフレディマックに対し、必要に応じて融資・出資を行うなどの大規模な政府支援策を発表した。

 
 

 仮に両社を米政府が丸抱えすれば米国債の信用度が低下する。しかし、海外金融機関や中央銀行が保有する政府機関債(GSE債)は1兆3000億ドルに上り、世界66カ国は外貨準備でも保有している。両社の危機が深まれば各国の外貨準備に穴が開き、経常赤字の穴埋めを海外マネーに頼るドルの信認が低下する。

 政府支援策を発表したものの「水鉄砲なら使う場面もあるが、バズーカ砲なら見せるだけで武器になる」と動こうとしなかった米金融当局を、金融津波の第3波が襲った。GSE債の海外投資家の売り越しが、77年以降で最大の499億ドルになることが分かったためだ。9月7日の日曜日、米財務省は2社を政府管理下に置き、総額2000億ドルの優先株引き受けの政府枠を設定し、経営状況に応じて段階的に購入していく方針を発表した。

“CDS爆弾”に点火したAIGの実質破綻

 しかし、それでも金融津波の襲撃は止まらなかった。リーマン・ブラザーズがその身売り先候補であるバンカメや英バークレイズに、サブプライムローン関連資産の評価額を厳格査定していない財務情報を開示した途端、第4波が襲ってきた。

 9月10日にリーマンは創業以来最悪となる赤字決算を発表。リーマンを襲った津波はAIGにまで波及した。翌日にAIGは再編計画を発表したが、AIG社債の保証コスト(クレジット・デフォルト・スワップ=CDS)は42%も上昇し、12日にはさらに29%も上昇した。CDSとは従来の銀行保証をデリバティブに作り替え、債務不履行が起こった場合に損害額を保証してもらう仕組みだ。S&PがAIGの格下げの可能性を示唆したことから、AIGの株式は31%も下落した。

 金融津波は9月14日の日曜日に再び大きく押し寄せた。ウォール街の幹部はリーマン対策を協議するどころか自らの生き残りの模索に追い込まれた。メリルリンチのジョン・セイン最高経営責任者(CEO)は、バンカメのケネス・ルイスCEOに電話をかけ、1株当たり29ドルでの買収提案を受け入れた。

 9月16日、AIGは格下げによって2000億ドルの追加担保の差し入れに追い込まれた。自己資本775億ドルのAIGは同額のRMBSを保有し、CDSを用いた金融保証額は4500億ドルと自己資本の5・8倍に達していた。

 CDSの市場規模は07年末に62兆ドルに達したが、CDS市場は金融当局の監視の対象になっておらず、売り手(保証する側)に十分な資金力があるかどうかを示す公開資料も一切ない。さらに多くのヘッジファンドがCDSの売り手になっており、保証する側が契約義務を履行しないリスクもある。AIGの実質破綻は巨額なCDS市場の爆弾に火をつけることになり、時限爆弾が連鎖すれば世界の金融市場は大惨事に陥る。

 16日の夜、米財務省とFRBは、最大850億ドルの融資と79・9%の株式取得を柱とするAIGの救済策を発表した。しかし、それでも金融津波は止 まらず、ドル建て翌日物ロンドン銀行間金利(LIBOR)は01年以来の最高水準に達し、安全資産のはずのマネー・マーケット・ファンド(MMF)まで元本割れし始めた。FRBと財務省は、金融津波の被害をこれ以上拡大させまいと、最大75兆円の金融安定化策を取りまとめると発表した。

「次の津波」は大手銀行?

 米国の金融津波の行方を90年代の日本の前例を参考に予想すると、次に津波に襲われるのは銀行だろう。日本では、証券会社を助けに入った大手銀自身が資本不足に陥り、99年になって公的資金が注入された。今回の米国の動きを見ても、バンカメがメリルリンチを買収したことでバンカメの債務は60%も増加して2兆5000億ドルに膨らんだ。JPモルガン・チェースもベア・スターンズを買収して債務が8%増加し、1兆6000億ドルに達した。シティグループの債務も2兆ドルと、3行の債務はAIGの債務9710億ドルの2倍に達し、「too big to fail」(大きすぎて潰せない)規模に到達した。米大手銀行はこれで、いつでも公的支援を求められる準備ができた。

 
 

 10月中下旬には米大手銀行の第3四半期(7~9月)決算が相次いで発表される。証券大手の際と同様、巨額の損失計上、株価急落、信用不安という混乱が再び起きる可能性は小さくない。「10月危機」が現実味を帯びてくる。米政府が決めた不良債権買い取りの枠組みも、この10月危機に対する備えとみていいだろう。しかし、10月危機が本当に回避できるかは、心もとない。金融安定化策は、最大75兆円の不良債権買い取りを柱とするが、実行面での課題が多すぎるからだ。

 今回の対策の元になったのは90年前後の破綻金融機関(S&L)から不良債権を買い取った整理信託公社(RTC)だ。今回は破綻していない銀行から不良債権を買い取る構想だ。破綻していない銀行がすんなりと制度を利用できるとは思えない。さらに、銀行傘下のSIV(ストラクチャード・インベストメント・ビークル=証券化商品などへの投資を専門に行う特別目的会社)などの簿外資産やヘッジファンドの資産は対象外であることから、問題の全面解決には程遠い。

 これまで世界の大手100金融機関が損失処理したのは5000億ドル、資本増強できたのは3500億ドル。不良資産を買い取ってもらっても1500億ドルの資本不足は変わらない。FRBと財務省が発表した金融安定化策は従来の「プレインバニラ金融危機」を前提にしているもので、即効性があるとは思えない。

米当局は失敗を繰り返す

 筆者は06年初頭から「クレジット・バブルの崩壊」を予想し、07年6月のベア・スターンズ傘下のヘッジファンドの破綻も、「バブルの終わりの始まりにすぎないと」指摘した。

 銀行が不良資産の買い取りと公的資金注入で一時的に健全化され、たとえ「10月危機」を乗り切ったにしても、景気悪化が長引けばさらなる不良資産が発生する。

 国際通貨基金(IMF)の経済予想によると、先進国も新興国も、今年より来年の方が景気はさらに悪化する。ケース・シラー住宅価格指数の先物によると、米住宅価格は今後さらに3割下落して、底を打つのは2010年5月と予想している。住宅価格の下落が金融不安を高め、高まる金融不安が景気を低迷させる。低迷した景気が住宅価格をさらに下落させるという悪循環が続き、米国の信用危機と脆弱な景気が、海外の信用と景気を悪化させ、海外の景気悪化が米国景気を悪化させるという悪循環も断ち切れそうにない。

 また、62兆ドルまで膨張したCDS市場の半分は、投資不適格の融資・社債・証券化商品が保証の対象だ。景気悪化が長引けば企業の倒産や証券化商品の格下げも増え、CDS市場の時限爆弾に火をつけることになる。今後さらに深刻化する不都合なフィードバックの循環(Adverse Feedback Loop)は、これまで世界経済の推進力となっていたグローバル化、クロスマーケット化、エキゾチック化の逆流を意味する。

 世界経済の大きな「パラダイムシフト」と、深刻化する「エキゾチック金融危機」の本質が理解できるまで、米金融当局はさらなる失敗を繰り返すことになる。

(草野豊己・草野グローバルフロンティア代表)

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