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週刊エコノミスト Online 創刊100年特集~Archives

【再掲載・リーマンショック】バンカメのメリル買収 統合効果を上げるには時間が必要 根本直子

 
 

(2008年9月30日号に掲載)

2008年、世界的な金融危機となったリーマン・ショック。15年がたった今、米国のシリコンバレー銀行、スイスのクレディ・スイスの破綻などで、世界は再び金融危機に陥るのではないかという不安がよぎる。『週刊エコノミスト』はリーマン・ショックをどのように伝え、分析したのか。当時の記事を再掲載して振り返る。

特集 米国金融崩壊

バンク・オブ・アメリカによるメリルリンチ買収。だが、金融市場を安定化させる特効薬にはならないようだ。

 米銀行2位のバンク・オブ・アメリカ(バンカメ)とメリルリンチの経営統合は、巨大な総合金融機関を誕生させるが、前途には困難も予想される。

 バンカメは当初、リーマン・ブラザーズの買収を検討したと伝えられるが、最終的には買収相手をメリルに変更した。買収の背景には以下のような点が挙げられる。

 まずバンカメは、サブプライムローン関連の損失が相対的に少なく、体力があり流動性も潤沢であった。伝統的に買収による成長に意欲的で、2004年には地銀のフリートボストン・ファイナンシャル、06年にはクレジットカード専門の金融会社MBNA、07年には住宅ローン専業のカントリーワイドなど大型の買収を次々と行っている。同行は、米国での預金シェアが10%近いため、規制上、普通銀行の買収が難しく、銀行以外の業種をターゲットとしてきた。

 一方、これまで国内の個人、中小企業向け貸し出しを中心に高収益を確保してきたが、住宅価格の低下や個人消費の伸び悩みのなかで、ビジネスモデルの転換を迫られていた。証券部門も保有しているが、トップクラスの投資銀行に比べて事業基盤は弱く、サブプライム関連の損失により事業縮小を余儀なくされていた。金融大手JPモルガン・チェースがベア・スターンズを買収するなか、証券業務に一段と後れを取るのではないかという焦りが高まったと考えられる。

メリルとリーマン 明暗を分けたもの

 それでは、同行がメリルを選択したのはなぜか。

 メリルは7月に111億ドルのABSCDO(ABS〈資産担保証券〉を担保に再証券化された債務担保証券)を売却するなどリスクの高い資産の削減を進めてきた。図は、米大手金融機関のリスク資産の保有高(自己資本対比)を示しているが、売却後のメリルの割合はリーマンに比べて小さい。リーマンは資産削減で後れを取っており、特に不動産関連のエクスポージャー(投融資残高)は400億ドルと高水準にあった。また、メリルの収益は多様化しており、特にリテールの証券業務や富裕層ビジネスなどは安定している。

 
 

 一方、リーマンは、ホールセール(法人営業)ビジネスが中心であり、なかでも証券化、ハイイールド債(格付けが低く高利回りの債券)の引き受けなどサブプライム問題発生以降、もっとも打撃を受けた業務の比重が高い。

 さらにメリルは、8月に73億ドルの普通株式による増資に成功している。一方、リーマンは、韓国産業銀行や中国の銀行などに増資の引き受けを打診したが、交渉は成立しなかった。投資家側としては、メリルのリスク削減努力や、中長期的な収益力を評価した一方、リーマンについては事業の将来性がより弱いと判断したのであろう。

 ただし、メリルが相対的に優位であったとしても、今回の買収発表がなければ、単独で生き残ることは困難であったと言える。累計で423億ドルと、金融機関のなかでも最大の損失を計上してきたうえ、現在保有するリスク資産から、さらに損失が生じる可能性は残っている。昨年8月以降4回の大型増資を行ってきたが、株価への影響等を勘案すると、今後追加の増資がスムーズにできるのかは不透明である。

 さらに市場での調達に依存しているため、資金繰りが逼迫するリスクは高い。ベア・スターンズの救済例から、投資銀行について政府が最終的には支援するだろうと期待した投資家もいるようだが、リーマンの経営破綻で、政府は個別の民間金融機関を救済しないことが明らかとなった。市場参加者は今後、選別的なスタンスをより強めると考えられる。

 リーマンの破綻に類似した例として、1997年の山一証券の自主廃業が挙げられるが、その後に生じた一連の出来事は、米国においても起きる可能性がある。たとえば山一の破綻後、北海道拓殖銀行は預金が流出し、インターバンク(銀行間)での資金調達も困難となった。また他の大手証券会社は、グローバルな市場の不安定化もあって流動性の危機に直面し、大和証券は三井住友銀行と提携し、日興証券はシティグループの関連会社となっている。今後、米国でも大手の投資銀行、とりわけ独立系の投資銀行は厳しい状況に直面するだろう。

デメリットの方が大きい

 買収の発表後、格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)はバンカメの格付けをダブルAからダブルAマイナスに1段階引き下げ、さらに格下げ方向で見直している。これは、現在の厳しい経営環境を考えると、短期的にはデメリットがメリットを上回るとみているからである。

 まずメリットとしては、投資銀行業務、資産運用、富裕層ビジネスで圧倒的な地位を築くことができる。バンカメは、リテール中心というイメージがあるが、米有力企業「フォーチュン500」企業の99%と取引があるなど、大企業についても堅固な顧客基盤を有しており、これらの取引先に株式発行やM&A(企業の合併・買収)など多様なサービスを提供できる。また、メリルのグローバルなネットワークと顧客基盤が加わることで、海外業務においても他行をリードできる。

 デメリットとしては、大型の買収ですでに低下している自己資本比率がさらに弱まることが挙げられる。同行はサブプライム関連の損失は少なかったとはいえ、商業用不動産担保資産(CMBS)、レバレッジドファイナンス(低格付けの企業向け融資)などのリスク資産を280億ドル程度保有しており、メリルの資産がさらに加わることで、資産価格が下落した場合の影響は一段と増大する。今後、リーマンが事業処分を進めるなかで、住宅関連や不動産関連の金融商品の価格がさらに低下することも懸念される(表)。

 
 

 また、大規模な証券業務、国際業務を管理することは、経営上のリスクを増加させる。これまでにも、商業銀行が証券会社を合併した際に、企業カルチャーの違いで摩擦が生じたり、複雑なリスクを経営陣が把握できなかったといった例は多数生じている。たとえばドイツ銀行は、米バンカーストラストを買収後、不祥事や多数の専門職社員の離脱などの問題に直面した。S&Pではバンカメがこうした懸念にどう対応するのか、財務上の施策や、経営戦略をヒアリングしたうえで、最終的な格付けを決定する。

 ただし、格付けを制約する要因は、合併の影響だけではない。おそらく最大の問題は、金融市場の不安定化が投資銀行業務の収益に与える影響、および米国の景気後退による不良債権の増加と与信コストの上昇であろう。

 バンカメの資産の質は米銀のなかでは比較的良好であるが、08年第2四半期は、クレジットカードや通常の住宅ローンなどで貸し倒れ率が上昇しており、とりわけ住宅の価格上昇分を担保に融資するホームエクイティローンの貸し倒れ率は、大手行の平均を大きく上回る水準に達した。

 今回の統合は金融市場の安定化につながるとの見方もあるが、両行が業績の悪化を食い止め、信用力を安定化させるにはなお相当な時間を要するだろう。

(根本直子・スタンダード・アンド・プアーズ マネジング・ディレクター)※肩書は当時のものです。

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