経済・企業 ドイツEV最前線
アウディ最新EVの実力――アウトバーンで簡単に時速247キロ/1
独アウディの日本法人に誘われ、4月13日(木)~15日(土)の3日間、ドイツ本国の最新電気自動車(EV)事情を取材する機会に恵まれた。アウディでは、2021年に策定した経営戦略「Vorsprung 2030」(Vorsprungはドイツ語で「他に対する優位や飛躍」を意味する)に沿い、経営資源をEVに大胆にシフトしている。具体的には、2026年以降に発売する新モデルは全てEVとし、2033年以降にはエンジン車の販売も中止する。
EVでトップブランドを目指す
ドイツ車ではアウディとメルセデス・ベンツ、BMWの三社が「御三家」と呼ばれる。ただ、歴史的な経緯もあり、消費者の間のブランド力は本国や日本でも、メルセデス・ベンツ、BMWに次ぐ3番手というのが一般的な認識だ。これはアウディ自身も自覚しているところだ。
しかし、現在はモビリティにおける100年に一度の変革期。ここで、一気にEV化を進めれば、EV時代ではメルセデス、BMWを上回るトップブランドになることができる、という強い思いが、「Vorsprung 2030」という名前に込められている。その意気込みが「どこまで本気なのか」を探るのが、今回のドイツ旅行の主目的だ。
その機会は、ドイツ滞在の最終日である15日(土)に訪れた。13日はバイエルン州インゴルシュタットの本社を訪れ、本社併設の博物館を見学し、14日は本社工場やニュルンベルクの大型急速充電施設「アウディ・チャージングハブ」を取材したほか、同社の最新EVをアウトバーンで試乗した。
時速200㌔への挑戦
実は、筆者が今回、ドイツで実現したいことの一つに、「時速200キロ以上でアウトバーンを走る」があった。筆者とアウトバーンの付き合いは、意外と古い。学生時代の1980年代後半は独ハンブルグに学び、当時革新的な空力デザインの「アウディ80」で何回かアウトバーンを走ったことがある。しかし、悲しいことに、エンジンは排気量1900ccで110馬力。優れた空力性能をもってしても、下り坂で時速190㌔を出すのが限界だった。その後、ドイツに行くたびに、オペル(アストラ)、BMW(320d)やベンツ(C200)を借り、アウトバーンの速度無制限区間で時速200キロに挑んでみたが、そのたびに、交通量の多さやエンジンのパワー不足、それに、高速での恐怖感から、最高速は時速190キロ台にとどまっていた。
試乗したのはSUV2台とスポーツカー1台
私は一般ビジネス誌の記者なので、自動車誌の記者のように、時速200キロの壁を超えること自体に大きな意味があるわけではない。ただ、車好きな一個人として、一度は体験してみたいイベントであった。
今回、アウディで用意してくれた試乗車は、「Q4 e-tron」「Q8 e-tron」「e-tron GT」の3台。最初の2台は、SUV(スポーツ用多目的車)、最後の1台は純粋なスポーツカーだ。14日(金)は、インゴルシュタットの本社工場見学後にQ8を拝借し、ニュルンベルクまでの100キロ弱を走った。出発したのは11時40分過ぎで、高速A9号線はかなり混んでいた。片側3車線の広い道ではあったが、先行車に行く手を阻まれ、時速190キロが最高であった。
Q4 e-tronの最高速度は時速165キロに制限
ニュルンベルクでは、「アウディ・チャージングハブ」見学後に食事をし、16時30分過ぎ、インゴルシュタット経由でミュンヘンへ南下した。この帰路はQ4 e-tronに乗り換えた。各都市の位置関係は、北から順に「ニュルンベルク―インゴルシュタット―ミュンヘン」である。A9号で170キロ超の距離だ。ただ、このQ4は、速度リミッターが時速165キロに制限されており、加速は良いがそれ以上はスピードが出なかった。そのため、あきらめて、時速140~160キロのゆっくりとしたペースで走ることにした。
やはり、ドイツで時速200キロの壁を破ることは難しいのか……。半ばあきらめながら、15日(土)の朝は、時差ボケもあり、早朝3時過ぎにミュンヘンのホテルで目が覚めた。最終日は、残る1台であるe-tron GTを私が運転する番である。ホテルを9時にチェックアウトするので、それまでに、試乗を終わらせる必要がある。シャワーを浴び、目を覚まして、5時半にホテルを出発する。緯度の高いドイツは、この時間はまだ真っ暗だ。ナビに記憶させてあるインゴルシュタットの少し先のA9のサービスエリア「A9 Köschinger Forst West」にある高速充電会社「IONITY(アイオニティ)」の高速充電器を目指す。距離はホテルから北に80キロほどだ。
速さと実用性を兼ね備えたスポーツカー「e-tron GT」
e-tron GTはスポーツカーながら、ドアが4枚あり、後席には大人2人が足元、頭上も余裕を持って座れる実用性もある。車高は低く、いかにもスポーツカーの雰囲気だが、ハンドルはそんなに重くない。ホテルの駐車場などの狭い場所では車幅に気を遣うが、運転はしやすかった。
ホテルは高速の入り口から、1キロくらいの距離にあり、ナビの指示に従って、すぐにA9に入る。15日は土曜日で、さすがに早朝は車が少ない。
極めて合理的なドイツの制限速度
ドイツの交通標識システムは非常に合理的で、例えば、高速では制限速度は60キロ、80キロ、100キロ、120キロ、無制限と段階的に上がっていく。
ドイツでの制限速度は、「このスピードまで速度を出しなさい、落としなさい」という意味だ。時速120キロの区間から100キロの区間になったら、すぐに100キロに速度を落とさないと、オービスが光り、スピード違反ですぐに切符を切られる。だから、ドライバー全員が制限速度を守っている。他のドライバーの行動が予測可能で、それが、ドイツの道の走りやすさにつながっている。
加速しても聞こえないエンジン音と風きり音
e-tron GTにはフロントガラスに表示されるタイプのヘッドアップディスプレーが装備され、その時々の制限速度を一目で確認できる。高速を7~8キロほど走ったところで、制限速度が120キロから無制限に切り替わった。恐る恐るアクセルを踏み込むと、あっという間にスピードは170~180キロまで跳ね上がった。エンジン音がなく、風きり音も聞こえないので、感覚は日本の時速120キロくらいだろうか。ただ、まだ、薄暗く、小雨も降っていたので、その後は、しばらく慎重に運転することにする。早朝は乗用車よりも、一番右側の走行車線を走る大型貨物トラックの姿が目立つ。
あっという間に時速200キロ、身をもって感じたEVへの主役交代
ドイツのなだらかな丘陵地帯に、徐々に日が昇っていく。風景は日本の北海道と良く似ている。前後の車両が少なくなったところを見計らって、アクセルを踏み込んだ。車は160キロから音もなく加速し、あっという間に200キロを突破、デジタルの速度計の表示は220キロまで上がった。
これには、さすがに驚いた。感覚としては、エンジン車で時速160キロで運転している程度だ。いままで、エンジン車で時速200キロがどうしても出せなかったのは何だったのだろうか? EVの圧倒的な性能を身をもって体験し、経済誌の記者として100年に1度のモビリティの主役交代を感じずにはいられなかった。
いったん、スピードを160キロ程度に落とし、気持ちを落ち着かせる。今回の取材旅行で同行した名門自動車雑誌の記者は、昨日時速240キロで走行したという。彼は、数々のスポーツカーに試乗し、テストコースで200キロを超える超高速走行を日常茶飯事に行っている。もちろん、プロとして運転の技量は私よりもはるかに上だろう。
私は運転歴は37年と彼より長いが、果たして一般的な車好きの私がこの車でどこまでスピードを出せるのか。
圧倒的な加速力で時速247キロに到達
日が昇り、前方に車がいなくなった直線区間で再びアクセスを踏み込んでみる。車は再び音もなく加速をはじめ、時速240キロを超えた。そして、247キロで表示が止まった。これ以上はリミッターが掛かっているようだ。そこで、再び、160キロまで減速した。アルカンターラ素材のハンドルを握る私の手のひらはわずかに湿っていた。
改めて強調したいが、私は決して無謀な運転をしたわけではない。ドイツの交通ルールに従い、自分の技量の範囲内で、車の性能を試した。それにもかかわらず、アウディの最新EVはいとも簡単に最高速を記録した。それは、中間加速力がエンジン車に比べ圧倒的に速く、短い距離で最高速まで到達することが可能だからだ。また、同時に、サスペンション、空力をはじめ、アウディの車づくりの技術の高さもあるだろう。
e-tron GTの仕様を記載すると、全長4,990ミリx全幅1,965ミリx全高1,415ミリ、重量2280キロ。前後にモーターを積む4輪駆動で、最高出力は530馬力、最高トルクは65.3キログラムフォース・メートル。電池の容量は93.4キロワット時で、航続距離はWLTC表示で534キロである。そして、時速0キロから100キロまで加速する時間は4.1秒という。
アウディの「テストコース」だったアウトバーンA9号線
帰りの機内で、隣り合わせになったドイツ人のビジネスマンから、一つ種明かしをしてもらった。ドイツでは、各自動車メーカーの開発に配慮し、国や自治体が会社に近接するアウトバーンに速度無制限区間を設けるのだという。アウディの場合は、インゴルシュタットから北のニュルンベルク、南のミュンヘンに通じるA9がそれに該当する。つまり、私はアウディの「テストコース」を走っていたことになる。道理で車の挙動が安定していただけでなく、ナビやヘッドアップディスプレーの表示も完ぺきに機能していたはずだ。
次回以降は、ドイツのEVの最新充電インフラ事情や、アウディの知られざる歴史を紹介していく。
(稲留正英・編集部)