肉体は牢獄、まなざしは楽天的、そんな実例を目撃できる室内劇 芝山幹郎
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映画 ザ・ホエール
窓の外を、ときおり小鳥の影がよぎる。扉の外から、ピザの配達係が声をかける。
部屋の主は表へ出ない。アイダホ州の田舎町にあるアパートの一室。彼を見て「囚人」という言葉が浮かぶのは、「終身犯」(1962年)で小鳥と話していたバート・ランカスターの姿を思い出すからだろうか。
その前に、われわれ観客は、部屋の主の声を聞いている。オンラインを使って、彼は大学で文章講座の授業を行っているようだ。「コンピューターのキャメラが壊れたので、顔は映せない」と当人が学生に断っているが、映せないのではなく映したくないのだ、ということはすぐに画面で示される。
部屋の主はチャーリー(ブレンダン・フレイザー)という。体重は600ポンド(約270キロ)。常軌を逸する肥満体だ。
当然、動きは苦しい。立ち上がったり坐り直したりするのもひと仕事で、息切れと発汗が著しい。心臓発作の兆候もある。
チャーリーの面倒を見に通ってくるのは、リズ(ホン・チャウ)という看護師だ。リズの兄はチャーリーの恋人だったが、自殺してしまった。以後、チャーリーは食欲を制御できなくなったらしい。その前に、彼は離婚している。娘のエリーは、10代半ばになったいまも、別れた父親の部屋を訪れてくる。元妻のメアリー(サマンサ・モートン)はアルコール依存症だ。
楽ではない、というか、むずかしい環境だ。監督のダーレン・アロノフスキーは、「レスラー」(2008年)でも「ブラック・スワン」(10年)でも、強迫観念に憑(つ)かれた人物を根気よく…
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週刊エコノミスト
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