国際・政治

“分断”拒む新興国 中印がもくろむ世界新秩序 荒木涼子/和田肇

 グローバルサウスの台頭を背景に、中国とインドが世界の新秩序作りに乗り出した。

>>特集「世界経済入門2023」はこちら

「グローバルサウス」と呼ばれる新興国、途上国が世界経済の中で発言力を強めている。膨大な生産年齢人口と豊富な天然資源を有するこれらの国々は、1989年のベルリンの壁崩壊後、経済のグローバル化を追い風に、急成長を遂げてきた。だが、2022年に発生したウクライナ戦争は「NATO(北大西洋条約機構)諸国対ロシア」という古い冷戦構造を復活させ、彼らの生命線である世界経済を分断しようとしている。グローバルサウスが「経済のデカップリング」に強く反対する中、その代弁者として、新しい世界秩序の構築をもくろんでいるのが、中国とインドの2大国だ。

 先手を打ったのは中国だ。3月の全国人民代表大会で再選され、政権3期目に入った習近平国家主席は、同月10日、イランとサウジアラビアの国交回復を仲介。その後、20日にロシアを訪問しプーチン大統領と会談、停戦仲介に向け、強い意欲を示した。中国政治に詳しい中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長は、習近平氏は、「米国の一極支配から抜け出し、グローバルサウスを味方につけた多極的な世界秩序の構築を目指している」と説明する。

 グローバルサウスにとって、喫緊の課題はエネルギーと食糧価格の高騰だ。インドやトルコのように石油を輸入に頼る国々は、「石油価格の高騰=急激なインフレ」を招き、それが政権不安につながる。食糧も同様だ。グローバルサウスの国々は、一国の主権を侵害するロシアの行為を容認していないが、世界最大級のエネルギー、肥料供給国であるロシアが世界経済から分断されることも望んでいない。遠藤氏は、「ロシアのウクライナ侵攻は許されないが、欧米主導の対露制裁はサプライチェーンを分断し、そのしわ寄せは最終的に最貧国に向かう」と指摘する。そこで、ロシアと友好関係にあると同時に西側諸国にも影響力を及ぼすことが可能な中国とインドに新興国の期待が集まることになる。

新興国の代弁者インド

 中国を抜き、人口世界1位になったインドは、中国以上にグローバルサウスへ影響力を及ぼすポテンシャルがある。インドは、元々、大英帝国の一員として、英国のアフリカ、中東、アジア統治の実働部隊を担っており、今日もそのネットワークがこれらの地域に張り巡らされている。

 インドが掲げる外交方針は、「戦略的自律性」だ。これは、特定の国と同盟を結ばずにどこの国とも等距離に付き合うことで、相手国に左右されることなく外交や安全保障方針をインドが自主的に決める、というものだ。インド経済に詳しい神戸大学の佐藤隆広教授(開発経済学)は「少なくともこの先14~15年、インドがどこかの国に大きくコミットする可能性は低いだろう。だからこそ、G20(主要20カ国・地域)の会合にロシアも参加してくれる」と話す。「西側諸国にとって、ロシアとの対話の機会を生み出してくれる国の一つなことは間違いない」(佐藤氏)

 英語で法律文書を起草する能力に長けたインドは、第二次世界大戦以降、自由貿易体制の実現を目指して作られた条約の関税貿易一般協定「GATT」や、さらに発展させた世界貿易機関(WTO)といった国際的な経済体制の枠組みの中、新興国や途上国の声を一貫して代弁してきた。そのため、「湾岸諸国を自国の庭のように感じている」インドにとり、中国によるイランとサウジの国交回復の仲介成功は、少なからぬ衝撃を与えたと佐藤氏は見る。「戦略的自律性を柱とするインドにとり、世界のパワーバランスの均衡は重要。中国が出てくるなら、対抗せねば、と考えている」(佐藤氏)。事実、インドと中国は、アフリカ、中東、南アジアなど世界の各地域で、自陣営への誘致合戦を繰り広げる。

 は、国際通貨基金(IMF)の統計から編集部で作成した購買力平価(PPP)で見た国内総生産(GDP)の世界トップ20を20年ごとに示したものだ。物価水準を反映し適正な為替レートで計算したPPPベースのGDPはより実体経済に近い指標とされる。

 表からは、G7(青色)を押しのけて、新興国・途上国がトップ20に食い込いこむ様子が一目瞭然だ。中でも、ロシアとロシアの制裁に加わっていない国々(赤色)の台頭はめざましく、22年では中国が米国を抜いて世界1位に、3位のインドは4位の日本を金額で倍近く引き離す。G7の合計と9カ国の合計を比べると、02年時点では9カ国はG7の6割に過ぎなかったのに対し、22年は約130%にまでなった。

 グローバルサウスの台頭を示す別の指数もある。民間組織「Correlates of War」プロジェクトが公開している「総合国力指数」だ。この指数は、その国の軍事費▽軍人▽エネルギー消費▽鉄鋼生産▽都市人口▽総人口──の6指標から独自に計算されたもので、国力を比較する一つの指標として使われている。

 22年のGDP上位12カ国でこの指標の変遷をみると(図)、戦後、米国の値が徐々に低下し、最も激しい冷戦期と重なる70年代~80年代中盤までは、ロシア(旧ソ連)と拮抗(きっこう)していたことが分かる。一方その陰で徐々に中国が指数を上げ、90年代中盤には米国を抜き1位となった。

米国覇権の終焉

 国際政治に詳しい福富満久・一橋大学社会学部教授は、「総人口が含まれるために、人口が大きい国の指標が大きく出やすい」ことと、「IT技術など近年急速に発展した技術が加味されていない」という指数の“弱点”も指摘しつつ、次のように解説する。「90年代半ばに中国がこの指標で1位だった時に、世界はまだ中国の経済成長に気づいていなかった。このグラフでは、インドが徐々に順位を上げており、世界で影響力を発揮する可能性が見て取れる。今後は、いかに米国が覇権を次世代の国に譲れるかが焦点となる」

 ウクライナ戦争の長期化が予想される中、欧米諸国は、ウクライナ支援の経済的な負担に加え急激なインフレも相まって、世界経済における地盤沈下が進む。世界秩序の軸足は確実にG7から中印を中心としたグローバルサウスに移っている。インドはそうした時代の流れを読み、G20の議長国としてイニシアチブに意欲を見せる。実際、インドのモディ首相はウクライナとロシアの停戦に向け、積極的に仲介する姿勢を示している。だが、日本はG20の外相会合を「国会優先」を理由に欠席し、インドを大きく失望させた。ウクライナを巡る日本の外交も、ウクライナを支援する一方で、ロシアの非難・制裁に徹することが本当に国益にかなうのか。日本の国際感覚が今、問われている。

(荒木涼子・編集部)

(和田肇・編集部)


週刊エコノミスト2023年4月11・18日合併号掲載

世界経済入門 「分断」を拒否する新興国 中印がもくろむ世界新秩序=荒木涼子/和田肇

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事