国際・政治 世界経済入門2023

インタビュー「G7は自由・民主主義の価値を示せ」田中明彦JICA理事長

 ウクライナ戦争を経て世界秩序はどこへ向かうか。国際政治学者でもある田中明彦・JICA理事長に聞いた。(聞き手=荒木涼子/稲留正英・編集部)

>>特集「世界経済入門2023」はこちら

── 現在の国際社会の現在地と今後をどう捉えているか。

■世界秩序の分岐点にある。冷戦が終わり、急速にグローバリゼーションが進んだ。一方で気候変動などの世界的課題に直面し、100年に1度というパンデミック(感染爆発)の発生という共通の危機の中、極めて古典的ともいえる侵略戦争が起きた。

 この複合的危機を乗り越え、どう秩序を作るかの岐路に立っている。経済成長し、相互依存を深める時代は終わり、どう変わるか不確定になってきている。幸い、ロシアの侵略戦争は短期的には成功しなかった。侵略戦争は道義的、法律的に間違いとの規範は崩れず、分岐点で最悪の方向は防げた。

── グローバル化で経済の相互依存が進むも戦争は防げなかった。

■経済の相互依存を利用して力を付けた国々の中に、同時に権威主義体制を強めた国がいたということだ。武力によってでも目的を達成しようとする指導者が権威主義体制の中で自らの地位を確固とすれば、その人が戦争をやりたいと思ったら誰も止められない。

 権威主義体制の根本的な不確実性は、最高指導者が愚かな決断をした際に、合法的に止める手段がないことだ。政治的指導者が次から次へと代わるのは民主主義体制の弱さだと指摘されがちだが、根源的には民主主義の強さだ。近年の米英の例から見れば、政治や経済で間違った方向に行きかけた際に、選挙でリーダーを代えられたのはまさに民主主義の強さを示している。

── 最悪の方向は防げた一方、昨今では、新興国・途上国といった、いわゆる「グローバルサウス」が台頭しているともいわれる。

■言葉としてグローバルサウスは便利なように使われているが、単一の実体があるわけではない。時として(西側諸国による)対露制裁に棄権している国を指して使われるようだが、2月の国連での対ロシア非難の決議では、賛成が141カ国で棄権票は少数派だ。決議への反対国は問題としても、棄権国は、国際秩序が不確定性を強めるなかで、それなりに慎重な対応をとっているとみるべきだ。

── 日本は西側諸国とは違う勢力の国と、どう付き合うべきか。

■棄権した国も含め、できる限り多くの国と、課題解決に向け協力しようという姿勢を示すことが大事だ。地政学的観点からいえば、棄権した国を非難したり対立を持ち込んだりしてロシア側につかせるのは賢明ではない。

 そもそも気候変動などの複合的危機は、地政学的な問題にとどまらない。

中国は援助の弱点露呈

── 冷戦後、主要7カ国(G7)を中心とした自由と民主主義の価値観が続いた。中国やインドなどが力を持ってくると、別の価値観も強くなるのでは。

■新興国・途上国で、圧倒的多数が中国のようになりたいと思っているかといえばそうではない。インドはもちろんフィリピンやベトナム、バングラデシュは経済成長が著しく、国際社会で影響力が強まることはあり得るが、皆同じ考え方で国際政治を見てはいない。国内政治体制でさまざまな考えがある中、自分たちの国の経済発展や社会の繁栄を望み、そのための外交政策や国際関係を作ろうと一生懸命だ。

 そんな中で日本や欧米が努力すべきは、力を付けてきた国々に「やはり自由主義的な民主主義体制の国々と関係を深めることが利益だ」と示すことだ。ロシアが戦争を起こし、中国の援助もこの7、8年でそれほど頼りにならないことを示してしまった。

 日本をはじめ自由主義的な民主主義の国々が手を差し伸べれば、G7の国々と付き合う方が得だと思う国々は多くいるだろう。関係拡大は十分可能で、この流れが強くなるほど中国も、「(西側諸国と)あまりけんかしない方がよい」となると私は期待している。

 昨今、(西側諸国と)インドとの関係は非常に良くなっている。今後、さらに中南米やアフリカの有力国との関係を強化していければ、世界秩序の分岐点において、より望ましい秩序に向かうように導くことは可能だ。

── 鍵はインドで、どうG7側の陣営に取り込むかということか。インドは「戦略的自律主義」で一見、どちらにも振れているようにもとれる。

■そんなことはなく、インドは例えばロシア側には全く向かっていない。先日の主要20カ国・地域(G20)外相会合では苦労しながらも「議長総括」をまとめ、(ウクライナ侵攻への非難に対し)反対したのは中露だけだ。インドは秩序構築に向け努力しており、もっと関係を強くしていくべきだ。ただしインドだけではない。さまざまな途上国との関係をよくしていくべきだ。日本は国際協力機構(JICA)の活動などで多くの国々と共に汗を流してきた。そういった面で今年、議長国が日本なのはG7にとっても良いことだ。


 ■人物略歴

たなか・あきひこ

 1954年生まれ。東京大学教養学部卒、米マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。東京大教授を経て2017年4月〜22年3月、政策研究大学院大学学長、22年4月から現職。専門は国際政治学。著書に『新しい中世』『ポストモダンの「近代」』。


週刊エコノミスト2023年4月11・18日合併号掲載

世界経済入門 インタビュー 田中明彦・国際協力機構(JICA)理事長

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

5月14日・21日合併号

ストップ!人口半減16 「自立持続可能」は全国65自治体 個性伸ばす「開成町」「忍野村」■荒木涼子/村田晋一郎19 地方の活路 カギは「多極集住」と高品質観光業 「よそ者・若者・ばか者」を生かせ■冨山和彦20 「人口減」のウソを斬る 地方消失の真因は若年女性の流出■天野馨南子25 労働力不足 203 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事