経済成長および民主化の推移と貧困の関係を丹念に追求 評者・原田泰
『貧困の計量政治経済史』
著者 安中進(弘前大学助教)
岩波書店 5280円
本書は、戦前の貧困と経済と政治の関係を分析したものである。経済的に豊かになれば、一般には貧困問題も解決に向かうと考えられる。日本の戦前期には、経済発展と民主化が同時に進んでいった。この状況の中で、貧困はどのように変化していったのだろうか。本書は、税の不納、自殺、娘の身売り、乳児死亡率について議論している。
自殺率は経済成長とともに低下していったが、1880年代の松方財政期には、極端に自殺率が高まった。貧しい人々はおろか富裕な農民も、松方デフレによって甚大な被害を受け、かつ、政府がわずかな税の未納にも厳しい処置を取ったからである。当時、議会が開設されていれば、このような自殺の急増はなかったのではないかという。
娘の身売りについての確実なデータは存在しないが、経済成長や民主化が進展した時期に娼妓(しょうぎ)数が増加している。これを説明するものとして、娘を売りに出す供給側と商売としてそれを受け入れる需要側の双方を考慮する必要があるという。さらに、明治から昭和にかけては、豊かな地域と貧しい地域の格差が拡大した時期でもあった。東北における娘の身売りは、経済成長とも民主化ともまったく逆相関の動きをしており、民主化と格差の拡大を伴う成長もこの問題を解決できなかったという。
最後に、視野を広げて1800年から現在までの、世界の民主化と乳児死亡率の関係を分析している。日本の戦前期には乳児死亡率はむしろ上昇しており、低下するのは1920年代になってからである。乳児死亡率の上昇は、経済発展が都市化とともに起こり、これが感染症を広めたからではないかという。
乳児死亡率の低下には、経済的に豊かになるだけでなく、より積極的な政治の介入が重要である。有権者が極めて限られていた時代では、貧しい社会の問題に、積極的な政策は実施されなかったが、有権者の数の拡大とともに政治の目が普通の人々に向けられるようになった。民主化がより早く進んでいれば、より広い人々の福祉に関与する政策がより早く行われたのではないかという。
本書は、粘り強い実証分析により、経済成長と民主化が、直ちに貧困問題を解決しないさまざまな様相を明らかにする。それは成長とともに経済格差の拡大が生じ、民主化の進展にさまざまな限界があるからである。しかし、それでも人々の要望に応ずる民主主義の政府と経済成長は、多くの命を救うなど善いことをなすと確信させる。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
あんなか・すすむ 2020年に早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。政治学博士。早稲田大学高等研究所講師を経て現職。
週刊エコノミスト2023年4月25日号掲載
書評 『貧困の計量政治経済史』 評者・原田泰