金価格はまだ上昇余地がある 渡辺浩志
金価格が高騰している。国内の店頭小売価格は1グラム=9500円を超えた。
金の市場価格(ドル建て)の決定要因として、第一にインフレ、第二に米国の金融政策、第三にリスクイベントがある。また、円建て金価格を見る場合は、第四の要因として為替レートが加わる。
インフレが起きるとカネの価値が下がるため、金の値段は上がる。しかし、米国でインフレ退治の金融引き締めが行われれば、金利が上がってドルの価値が高まるため、ドル建ての金価格は下がる。過去の金価格はインフレと金融政策の影響を合算した米国の実質金利(=米10年国債金利-期待インフレ率)に連動してきた(図)。
だが、2022年春を境にこの連動性は断たれた。ウクライナ危機という一大リスクイベントが発生したためだ。金は希少性や信用力が高く、どこの国でも買い手が付く。究極の安全資産として戦争などの有事の際には需要が高まり、価格が高騰する。また、今年3月にも金は急騰したが、これは欧米発の金融不安で「有事の金買い」が活発化したことが背景だ。
昨年以降の日本における金価格上昇のもう一つの原因は円安だ。米国が金融引き締めを進めるなかで日本は金融緩和を続けたため、日米の金利差が拡大し円安が大きく進んだ。円の価値の低下が円建ての金価格を押し上げた格好だ。
現在の、円建ての金の市場価格(1グラム=8600円)を分解すると、米国の実質金利で説明できるのが4000円分、リスク要因が3500円分、円安要因が1100円分となる。
地政学リスク見込む
では、この先はどうなるか。米国はこれまでの金融引き締めの効果で年内にも景気後退に陥ると思われる。そうなれば来年にはFRB(米連邦準備制度理事会)が金融緩和に転じ、ドル安・円高が進むだろう。ソニーフィナンシャルグループは来年末の為替レートを1ドル=120円と見込むが、これは円建ての金価格を800円程度押し下げる計算になる。
一方、金融緩和で米国の実質金利が下がれば、金価格は上がる。また、リスク要因も金価格の押し上げに働こう。ウクライナ危機の行方は予断を許さないほか、台湾海峡を巡る緊張や中東情勢の不安定化などのリスクもくすぶる。
米国の景気後退で銀行の不良債権が膨らめば、金融不安が再燃し得る。また、中国やトルコなどの米国との関係が良好ではない国の中銀が金を大量購入していることも不気味だ。先行き不透明感から金を買う動きは当面続くだろう。
市場も米国の景気後退と金融緩和、地政学リスクの増大を見込んでいるようだ。ドル建て金価格は現在1トロイオンス=2000ドル強だが、先物市場は来年末までに2170ドル近辺へ上昇すると予想する。円建て金価格で750円の上昇に相当し、今後の円高による金価格の押し下げをほぼ相殺する。当面の金価格はドル建てでは上昇、円建てでも高止まりとなりそうだ。
金は不況や有事に強い商品であり、不安定な相場環境ではリスク分散の観点からも有望な投資先といえる。ただし、金の値動きは株や債券よりも大きい傾向がある。また、配当や利子はない。投資する際はこうした性質をよく理解しておくことが重要だ。
(渡辺浩志・ソニーフィナンシャルグループ シニアエコノミスト)
週刊エコノミスト2023年5月2・9日合併号掲載
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