教養・歴史書評

半世紀以上に及ぶ半導体興亡史 地政学的リスクについても独自に検証 評者・近藤伸二

『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』

著者 クリス・ミラー(経済史家) 訳者 千葉敏生

ダイヤモンド社 2970円

 1950年代、「8人の反逆者」と呼ばれた米国の技術者が半導体メーカーを設立した。その中には、半導体の集積度が2年ごとに倍増するという「ムーアの法則」を提唱したムーア氏や集積回路の共同発明者のノイス氏らがいた。やがて2人は世界的な半導体企業となるインテルを創設する。以来、半世紀を超える半導体の興亡史を気鋭の米経済史家が描き出したのが本書だ。

 半導体の主役の座は、80年代には米国から日本に移る。だが、その後、設計と製造の分業が進み、設計では米国が復活を果たす。製造では台湾や韓国が台頭した。日本は低迷から抜け出せないままだ。

 そうして確立されたサプライチェーン(供給網)の特徴は、「今日の経済のなかで、これほど少数の企業に依存しきっている分野は、半導体産業をおいてほかにない」という状況をつくり出した。

 台湾製の半導体は世界の計算能力の37%を生み出し、2社の韓国企業は世界のメモリー半導体の44%を生産する。オランダのメーカーASMLは、最先端半導体の製造に欠かせない装置の生産を独占している。

 特に受託生産トップの台湾積体電路製造(TSMC)の存在感は圧倒的で、本書は「半導体製造の“グローバル化”など起きていなかった。起きていたのは“台湾化”だ」と指摘する。

 そうして半導体製造は東アジアに集中し、地政学的リスクを抱えることになった。中国も自給を目指しているが、「純国産の最先端のサプライ・チェーンを築くには、10年以上の期間と、合計1兆ドル以上のコストが必要になる」という。

 そこで、TSMCを手に入れるため、中国が台湾に侵攻するのではないかとの懸念が浮上してきた。台湾有事が発生した場合、「経済損失は数兆ドル規模になるだろう。(中略)しかも、失われた半導体製造能力の再建には、少なくとも5年はかかる」のが現実だ。

 だが、著者はそうした憶測を否定する。「重要な材料や、半導体製造に不可欠な装置の更新ソフトウェアは、アメリカや日本などの国々からしか入手できない、とすぐに思い知る」からだ。「何人かの技術者が猛反発しただけで、工場全体の操業が止まってしまう」という事情もある。

 本書は500ページを超える大作だが、半導体産業に関わった人々の人物描写が巧みで、読み手を飽きさせない。半導体が真空管に取って代わり、重要な戦略物資になっていく経緯は壮大なドラマである。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 Chris Miller 1987年米国イリノイ州生まれ。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院准教授のほか、フィラデルフィアのFPRI(外交政策研究所)ユーラシア地域所長なども務めている。


週刊エコノミスト2023年5月16日号掲載

『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』 半世紀以上に及ぶ半導体興亡史 地政学的リスクも独自検証=評者・近藤伸二

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