評論誌『レコード芸術』休刊へ 寄稿者が存続求め署名活動も 永江朗
クラシック・レコードの評論誌『レコード芸術』(音楽之友社)が、2023年7月号(6月20日発売)をもって休刊することになった。同誌は1952年3月の創刊で、70年あまりの歴史を持つ。音楽之友社のサイトによると、休刊の理由は「近年の当該雑誌を取り巻く大きな状況変化、用紙など原材料費の高騰などの要因により」とのこと。
休刊が発表された4月3日、同誌へのレギュラー寄稿者でもある沼野雄司(音楽学者)、舩木篤也(音楽評論家)、矢澤孝樹(音楽評論家)が呼びかける同誌存続署名活動がオンラインで始まった。
賛同を呼びかける文章で、3人は「(同誌は)単なる一雑誌ではありません。クラシック音楽を愛好するひとにとって、もっとも信頼し得る媒体として、70年以上にわたってわが国の音楽文化の中心部を支えてきた貴重な存在です」と記している。
毎月、大量のCDが発売されるが、どれを選んでいいのかわからない。多くの人にとって、クラシック音楽のレコードやCDを購入する際、同誌が指標のひとつになってきた。同誌の最新盤レビューや特集記事(たとえば23年4月号であれば「神盤再聴」など)がCD選びの参考になっていた。
単にバイヤーズガイドとしてだけでなく、クラシック音楽において、良い/悪い、優れている/劣っている、新しい/古い、など芸術的価値判断の基準を提示してきた。それは一方で権威主義や広告クライアントとの力関係など微妙な問題をはらみながらも、ひとつの価値観を形成する知の共有圏でもあったといっていいだろう。
クラシック音楽に限らず、わたしたちは音楽配信サービスやYouTubeなどを使えば多くの音源に触れられるようになった。どんな新譜が出たかも簡単に知ることができるようになった。情報の供給という意味では『レコード芸術』のような雑誌の存在意義は薄れた。しかし、情報の交通整理や評価、価値基準の提示という役割はまだ残っている。これは『レコード芸術』だけに限ったことではない。ウェブ媒体への移行も含めて、なんらかの形で存続できないものだろうか。
この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2023年5月16日号掲載
永江朗の出版業界事情 『レコード芸術』が休刊。存続求め署名活動も