教養・歴史書評

日本経済はなぜ成長を止めたか 長期・高度な集合知が結晶した1冊 評者・田代秀敏

『日本経済論』

著者 伊藤隆敏(コロンビア大学大学院教授) 星岳雄(東京大学大学院教授) 訳者 祝迫(いわいさこ)得夫、原田喜美枝

東洋経済新報社 4950円

『繁荣与停滞〜⽇本经济发展和转型』(繁栄と停滞〜日本経済の発展と転形)。これは、昨年9月に出版された本書中国語版のタイトルであり、本書の内容の最も短い要約である。

 アメリカのコロンビア大学などでの講義内容をマサチューセッツ工科大学(MIT)が出版した原著(英語)のテーマは、1992年刊行の第1版(邦訳なし)では「なぜ日本経済はうまく成長できたのか」であったのに対し、2020年刊行の第2版では「日本経済はなぜ成長を止めてしまったのか」である。

 日本のマクロ経済学・金融論を長きにわたって世界的に牽(けん)引してきた著者たちは、謝辞で日米欧64人の経済学者の名を挙げているが、そこにはジャネット・イエレン米財務長官、ベン・バーナンキ元米連邦準備制度理事会(FRB)議長、ローレンス・サマーズ元米財務長官、スタンリー・フィッシャー元FRB副議長、植田和男日本銀行総裁の名がある。黒田東彦前日銀総裁の名も挙げられている。

 そうした人々との議論を重ね、長い時間をかけて執筆された本書は、「国内外の研究者による日本経済に関する多くの学術研究の成果に基づいた、高いレベルの集合知の結晶」(訳者あとがき)である。

 第1版以来の著者である伊藤隆敏教授は、経済学者としての輝かしい国際的キャリアの他に、国際通貨基金(IMF)、大蔵省、経済財政諮問会議で要職を務めた経歴がある。

 しかし例えば、マイナス成長を起こして高度経済成長を終焉(しゅうえん)させた1973~4年の2桁インフレーションは、第1次石油危機の外生的ショックによるものではなく「政策上のミスによるものだった」と明記している通り、本書は、視点も分析も、あくまでもアカデミックである。

「真摯で生産的な日本経済に関する議論・検討を行おうとするならば、本書は外すことのできないベンチマークの役割を果たし、今後長きにわたって広範な政策論議の出発点であり続ける」と訳者が評価するのは少しも誇張でない。

 コロナ禍発生直前の2020年1月に出版された原著では「失われた20年」と記しているのに対し、コロナ禍を経た22年末に記された「日本語版によせて」では「失われた30年」と記している。

 アベノミクスに対する評価を成功から失敗にシフトさせ、「日本の政府債務の維持可能性」を深刻化させたこの3年間の激動は第3版で取り上げる予定だと記されているが、それまでに第2版の本書を咀嚼(そしゃく)することはすべての経済人のマストである。

(田代秀敏・infinityチーフエコノミスト)


 いとう・たかとし 2004年度日本経済学会会長。11年春、紫綬褒章受章。著書に『不均衡の経済分析』『公共政策入門』など。

 ほし・たけお 2005年に日本経済学会・中原賞、06年に円城寺次郎記念賞を受賞。日本語訳のある著書に『日本金融システム進化論』など。


週刊エコノミスト2023年6月20日号掲載

Book Review 『日本経済論』 評者・田代秀敏

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