気候変動と産業・資源循環、経済安全保障の各政策を巧みに連動し分析 評者・諸富徹
『欧州グリーンディールとEU経済の復興』
編著者 蓮見雄(立教大学教授) 高屋定美(関西大学教授)
文眞堂 2860円
本書は、いま世界の注目を浴びる欧州グリーンディールの全体像を解き明かすとともに、それが単に環境政策にとどまらず、欧州の経済成長戦略と深く結びついていることを鋭く指摘した書物である。
欧州グリーンディールとは、2050年カーボンニュートラルを目指し、経済成長を実現しつつ温室効果ガスおよび資源利用の削減・循環を図ることで、競争力のある経済を創出する政策パッケージを意味する。
本書は、その成長・産業戦略との関係、ウクライナ戦争の影響と脱ロシア依存方策、金融や投資、さらにはエネルギー政策や経済安全保障上の含意に至るまで、実に多方面から検討を進め、現時点での評価と将来展望を与えている。本書を読めば、読者は欧州グリーンディールに関する包括的理解を得られるだろう。
本書が優れているのは、各章が連携してグリーンディール政策の重点事項の相互連関を明らかにしている点にある。とりわけ注目すべきは、気候変動政策が産業政策、資源循環政策(サーキュラー・エコノミー)、エネルギー政策、そして経済安全保障政策と連動している点である。
脱炭素経済への移行は、自動車のEV移行が象徴的だが、車載電池とそこに含まれるリチウムなど希少資源の戦略的重要性を浮かび上がらせた。これらが新たな汚染問題を引き起こさぬよう循環させるとともに、希少資源の回収・再利用を促進することで、特定国への依存を引き下げ、経済安全保障を確立しようとする彼らの戦略が解き明かされている。
その実現を担保するのが「デジタル・プロダクト・パスポート」で、製品の資源循環性、CO₂排出、再生可能性などに関するデジタル製品情報を含む。サプライチェーン全体を通じて環境保全、資源循環、経済安全保障を確保する情報基盤となる。
ウクライナ戦争の勃発はグリーンディールを大きく揺さぶったが、当面は化石燃料と原発で電源を確保しつつ、これまで以上に再エネ、電力系統、水素投資を加速する「REPowerEU」の策定をもたらした。結果的に、従来路線の正しさとその強靭(きょうじん)性を証明する形となった。
本書を読んで改めて感じるのが、欧州が打ち出す政策の普遍性である。日本では「欧州陰謀論」がいまだささやかれるが、ときに意見が大きく隔たる加盟国間での激しい議論、調整を経て鍛え上げられた政策の強さを、決して過小評価してはならない。欧州から謙虚に学んで日本の政策を構築することの重要性を、本書は改めて教えてくれる。
(諸富徹・京都大学大学院教授)
はすみ・ゆう 『拡大するEUとバルト経済圏の胎動』『沈まぬユーロ』などの編著書がある。
たかや・さだよし 『ユーロと国際金融の経済分析』『検証 欧州債務危機』などの著書がある。
週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載
『欧州グリーンディールとEU経済の復興』 評者・諸富徹