教養・歴史書評

中国のフロンティアだった華南から近世以降の中国を論じる 評者・服部茂幸

『越境の中国史 南からみた衝突と融合の三〇〇年』

著者 菊池秀明(国際基督教大学教授)

講談社選書メチエ 1980円

 華僑・華人の多くの出身地が華南、特に福建と広東である。この華南は新たに中国に組み込まれた周辺部であり、フロンティアである。地域的な周縁部である華南と周辺的な人々である移民から近世以降の中国を論じるのが本書である。

 中国では科挙に受からなければ、士大夫(したいふ)(エリート)の地位を継承できない。だから、中国の宗族(父系の同族集団)はたくさんの子どもを作り、優秀な子どもを教育した。

 こうして人口が増加すると、競争に負けた人々が中国の外へと押し出されていく。押し出された人々の移住先が広西と台湾だった。特に広西は隣の広東の後背地だという。したたかな漢人たちは世事に疎い周辺民族をだますようなかたちで、財産を蓄積する(者もいる)。他方で、選択肢がないために、彼らは周辺民族から妻を迎える。彼ら(の一部)は周辺民族と同化し、南の社会は中国に統合されることとなった。

 外国に移民しても、送金していれば、失敗した時にも出身の村に帰ることができた。それが福建・広東からの移民が多い一因となった。周縁部に移民した下層民は王朝から見れば、儒教道徳にしたがわない、まつろわぬ民である。しかし、彼らも社会的地位を上昇させるためには、儒教道徳を守るとともに、科挙に合格しなければならない。こうして結果的に下層民もまた王朝のシステムに統合されていく。

 本書は、清代末期からの中国は歴史上初めて南が社会を変革した時代であることを指摘する。太平天国の乱は広西東南部の金田(きんでん)村から始まった。下層民や新興エリートは名門から差別され、反乱が起こる。反乱の中で新興エリートは、革命に参加する。逆に革命と戦うことによって生き残りと社会的上昇を図る者もいる。

 王朝の統治力が脆弱(ぜいじゃく)な華南では、人々はネットワークを巡らせて、生活を守った。そのため、集団間の紛争が起きやすい。こうした地域に太平天国軍がくると、これをきっかけに集団間・民族間の武力衝突が発生する。武力衝突で疲弊した地から、人々はアメリカなどに移民する。孫文もまた広東で生まれ、ハワイに移民した後に帰国した人間だった。

 虐げられた下層民が中国を世界に広げる。まつろわぬ下層民が上昇する中で王朝のシステムに組み込まれる。反乱を弾圧する側に回ることでも下層民の地位は上昇した。下層民の行動が結果的に中国世界を拡大し、強化するという歴史の逆説を明らかにしたのが本書である。

(服部茂幸・同志社大学教授)


 きくち・ひであき 1961年生まれ。東京大学大学院修了。中部大学国際関係学部講師・助教授を経て現職。『ラストエンペラーと近代中国 清末 中華民国』『太平天国 皇帝なき中国の挫折』など著書多数。


週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載

『越境の中国史 南からみた衝突と融合の三〇〇年』 評者・服部茂幸

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