教養・歴史書評

中国の大学生の国家アイデンティティーをめぐる興味深い調査 菱田雅晴

 自国の将来を「良くなる」と明日に希望を寄せる若者が中国、インドでそれぞれ95.7%、83.1%と大多数を占める。これが米国では36.1%、日本に至っては調査対象6カ国中最低の13.9%にとどまり、先進国の若者層の将来イメージが概して暗いこととは見事なまでに対照をなす(日本財団『18歳意識調査』2022より)。この中国、インドの希望あふれる意識は、「自国は国際社会でリーダーシップを発揮できる」と国際的地位の向上を予想する回答が中国で86.0%、インドで79.7%と大多数に上ることにもつながっている。

 中国の若者層のこの将来像はどのように形成されたものなのか。そもそも国家とはどのようにイメージされているのか?

 こうした問いにほかならぬ中国自身が教育省研究プロジェクトとして挑んだ学術成果が魏鵬程著『“00后”大学生国家認同及其培育路径研究』(中国水利水電出版社、21年)である。応用心理学を専門とする武漢軽工大学副教授の著者は、中南民族大学、武漢軽工大学、武昌工学院、武漢晴川学院等の“00世代”(2000年から09年末までに生まれた世代)の大学生500人を調査対象として国家認同(アイデンティティー)意識に関する広範な調査を行った。

 興味深いのは、国家アイデンティティーを外交、路線、理論、制度、文化そして総合認識の6要素に分解し、それぞれへの共感度を探っている点だ。「中国人であることを誇りに思う」への“完全同意”が92.1%に達し、「国際社会における中国の発言力は強化され、その国際的地位は向上している」も90.0%と高い同意が示されている一方で、「自分の未来は国の発展につながっている」への共感は67.8%と低くなり、「海外移住は愛国ではない」への同意度は27.4%と極めて低いレベルにとどまっている。自信と戸惑いがないまぜとなった結果のようにも映る。

 結論として、国家級プロジェクトのゆえか、著者は“00世代”への国家認同教育は「新時代の中国の特色ある社会主義」発展の必然的選択だとして社会主義価値観思想の重要性を謳(うた)っているが、やはり上から注入された自信と自ら獲得した自信は異なるのではないだろうか。

(菱田雅晴・法政大学名誉教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載

海外出版事情 中国 大学生の国家アイデンティティーめぐる調査=菱田雅晴

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