家計や貯蓄に対する行動 ライフサイクル理論から徹底分析 評者・土居丈朗
『現代日本の消費分析 ライフサイクル理論の現在地』
著者 宇南山卓(京都大学経済研究所教授)
慶応義塾大学出版会 7480円
ポストコロナをにらみ、わが国の家計消費の動向は、今後どうなるか。物価の動向にも影響を与えるだけに、その精緻な分析は欠かせない。
著者は、現代のマクロ経済学における消費理論の中心となっているライフサイクル理論を軸に、日本の家計消費について研究を積み重ねてきた。本書は、その集大成ともいうべき書である。
今日の消費をいくらにするかを決めるのに、今日の所得だけで判断する人は少ない。来年以降、さらに老後までをも見据えながら、今日の消費を決める。それが、ライフサイクル理論の原点である。
しかも、家計は消費を今より増やすと高まる満足度(効用)よりも、今より減らして下がる満足度の方が大きいという原理(限界効用逓減(ていげん)の法則)があるから、多くの家計はその都度消費をむやみに増やしたり減らしたりはしない。これは、消費の平準化と呼ばれる。景気循環において、GDP(国内総生産)の変動よりも家計消費の変動の方が小さいという現象も、そうした背景があると理論的に説明できる。
ただ家計は、想定内の事態は消費行動に織り込み済みだが、予想外の状況には反応して消費行動を変える可能性がある。しかもそれは実際に起きた時ではなくそうした情報や兆候を知った時に消費が変化する。
著者は、そうした消費を変化させ得る「新しい情報」を捉え、日本の家計の消費行動を分析した。例えば、消費税率の引き上げや現金給付である。こうした自然実験的な状況をうまく捉えた分析結果が、本書にはふんだんに盛り込まれている。
著者の分析から得られる示唆は、日本では消費刺激策を実施しても大きな景気刺激効果は期待できないということである。それは、政策として政府から家計にされる所得移転のうち消費された割合が、他の先進国と比べても低いからだという。これは、ライフサイクル理論を前提にすれば妥当な結果、と著者は評する。
また、高齢化が貯蓄に与える影響の分析も興味深い。貯蓄は消費の裏返しである。ライフサイクル理論によれば、高齢者の貯蓄率は、老後に備える現役世代より低い。だから、日本の貯蓄率の低下の原因は高齢化であると考えられてきた。しかし、マクロ貯蓄率と整合的な年齢別貯蓄率で見ると、高齢者の貯蓄率はかつては低くなかった。ところが近年では低下しており、それがマクロ貯蓄率の低下の原因と突き止めた。本書は、政策のあり方や景気動向の理解を深めるためにも有益な書である。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
うなやま・たかし 1974年生まれ。東京大学経済学部卒。同大大学院経済学研究科博士課程修了。神戸大学准教授、一橋大学教授、財務省財務総合政策研究所総括主任研究官等を経て2020年より現職。
週刊エコノミスト2023年8月8日号掲載
書評 『現代日本の消費分析 ライフサイクル理論の現在地』 評者・土居丈朗