教養・歴史書評

米女性のキャリア形成と家庭の歴史 労働経済学の専門家が分析 評者・樋口美雄

『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』

著者 クラウディア・ゴールディン(ハーバード大学ヘンリー・リー経済学教授) 訳者 鹿田昌美

慶応義塾大学出版会 3740円

 本書はアメリカの女性の1世紀にわたる「均等に向けた闘争」の歴史を描いた小説のような専門書である。著者は経済史と労働経済学を専門とする著名なハーバード大学教授。専門性を生かし詳細なデータとともに、個人の具体的ライフストーリーを参照しながら「キャリアと家族」の関係の変遷を描く。

 本書は、大卒女性の100年を五つに区分し、それぞれ大まかな特徴を述べる。第1グループは1878~97年ごろに生まれた女性たちで、「家庭かキャリアか」の二者択一を迫られる人が多かった。第2は1898~1923年生まれで、「仕事を得てから家庭を持った」人が多く出てきた時代。24~43年生まれの第3グループは、第2とは逆に若くして結婚し、家庭を持ってから仕事に就いた人が多く、新しい女性の生き方を予感させた時代である。

 44~57年生まれの第4グループは、70年代の女性運動が活発化したころに成人した世代で、第2グループより自覚的に「まずキャリアの道を歩み、家庭を持つのは後回し」と考える静かなる革命が進展した時代。そして第5グループが58年以降の生まれで、進化した生殖技術の恩恵なども受けながら、「キャリアも家庭も両立可能になった」時代である。

 以上のように、女性はキャリア形成と家族形成の板挟みになりながら、自分の生き方を変え、ジェンダー平等を勝ち取ってきた。そこでは、「女性の戦闘」といいながらも、女性単独ではなく職場や家庭における協力や社会構造、産業構造の変化があってこそ、キャリア形成が可能になってきたのである。

 ジェンダー格差が縮小したといわれるアメリカでさえ、紛れもなく男女間賃金格差は現存する。背後には、出産に伴う休業などキャリアの中断・分断、週労働時間の減少といった「ペナルティー」が存在する。

 アメリカにおける男女格差縮小の歴史は、日本にとっても重要な示唆を与える。はたして日本の現状は、アメリカの5段階のどこに位置しているのか。短期間で格差縮小の階段を上っていくには、職場や家庭における自由な時間コントロールが求められる。

 男女格差を縮小し、キャリア形成を容易にするには、いつの時代においても、またどのような労働市場においても、家庭と職場における時間面での協力が不可欠である。本書はアメリカ女性のキャリア形成と家庭構築の歴史を労働経済学の視点から描いているが、日本の読者にとっても大いに参考になる。

(樋口美雄・慶応義塾大学名誉教授)


 Claudia Goldin 米マサチューセッツ州在住。女性の労働力、所得の男女格差、教育、移民などを研究テーマとする労働経済学者、経済史家。経済史学会会長、アメリカ経済学会会長を歴任。


週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載

『なぜ男女の賃金に格差があるのか 女性の生き方の経済学』 評者・樋口美雄

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