半導体産業はじめアジアの経済安保を専門家9人が分析 評者・高橋克秀
『アジアの経済安全保障』
編著者 伊集院敦(日本経済研究センター首席研究員) 日本経済研究センター
日経BP 3080円
アジアの安全保障環境は激変している。中国、ロシア、北朝鮮が結束を固め、日本、韓国、米国と緊張を高めている。本書では9人の専門家が緊急性の高い論点について分析した。問題の根底には共通して中国の影響力の増大がある。昨年末に日本政府が改定した国家安全保障戦略でも中国の外交と軍事について「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と厳しい認識を示している。
経済安全保障では米国が半導体の強力な輸出規制に乗り出し、日本、台湾、オランダと連携して中国をサプライチェーンから締め出そうとしている。一方で、中国は自給体制を急ピッチで構築している。台湾有事の可能性が懸念される中で、半導体大国である台湾の地政学的不安定性が改めて注目されている。
台湾は世界の半導体産業の中心である。半導体は自動車、産業機械、家電、スマートフォン、パソコン、ゲーム機などあらゆる機器の心臓部である。兵器も半導体を必要とするので、安全保障上の戦略物資という性格もある。
台湾のファウンドリー(受託生産)は世界シェアの6割超を占めている。各種演算に使われるロジック半導体のうち最先端の製品は独占に近い。中でも、台湾積体電路製造(TSMC)は別格である。時価総額は世界トップテンに入り、最先端の3ナノメートル(ナノは10億分の1)プロセスをはじめ圧倒的な技術力を持つ。
主要な顧客は、米アップルを筆頭にAMD、クアルコム、エヌビディア、台湾メディアテックなど有力ハイテク企業である。特にアップルとの関係は緊密で、iPhoneシリーズのチップはTSMCがほぼ独占的に供給している。半導体は巨大な装置産業なので設備投資額が大きく、また技術革新が速いため不確実性も高い。そこで、TSMCは開発・設計には手を出さず、注文生産に特化することで成長してきた。
台湾半導体産業が競争力を持つ限り、需要サイドである中国は台湾に手を出すことができないという「シリコンの盾」論がある。しかし、TSMCといえども一つの民間企業であり、政府の期待通りに動く保証はない。来年1月の台湾総統選や半導体の需要動向には不確定要素も大きい。「シリコンの盾」に過大な期待をするのは見当違いであろう。
それよりも、台湾を孤立させないための世界からのサポートが必要であり、「半導体の製造装置や素材で高いシェアを誇る日本は、TSMCを製造技術で裏側から支え続けることが望ましい」と本書は提言する。
(高橋克秀・国学院大学教授)
いじゅういん・あつし 早稲田大学卒業後、日本経済新聞社入社。政治部次長、中国総局長などを経て現職。著書に『米中分断の虚実』『東アジア 最新リスク分析』(いずれも共編著)などがある。
週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載
『アジアの経済安全保障』 評者・高橋克秀