事実上の共産党歌「国際歌=中国語版インターナショナル」の歩み 菱田雅晴
かつてのメーデー当日は、東京・代々木公園を埋め尽くす組合旗、赤旗の下、「インターナショナル」の大合唱が響き渡っていた。これを、日本の労働運動の高まりとして、中国共産党の機関紙『人民日報』が伝えたことがあった。
「インターナショナル」は当時流行した歌声喫茶でもロシア民謡などと並んでよく歌われ、一定の年齢層ではリフレインの「ああインターナショナル」に郷愁を覚える向きも多い。同じ曲をみんなで歌うことで生まれる連帯感が「うたごえ」運動、組合運動に見いだされたのであろう。
「インターナショナル」はパリ・コミューン直後のフランスで「L'Internationale」として誕生した。パリ・コミューンに参加していた詩人のウジェーヌ・ポティエの詞に、作曲家のピエール・ドジェーテルが曲をつけた。リールの労働者の間で歌われるうちに次第に各地に伝わり、1899年のフランス労働党大会でも歌われ、臨席した外国代表らによって各国に広まり、旧ソ連時代には国歌に採用された。
中国の国歌は「義勇軍進行曲」だが、1920年代以来「国際歌」と訳された「インターナショナル」は、共産党全国代表大会などの閉幕時や、その他の党の重要イベント時には演奏されている。周恩来は臨終の際にこの「国際歌」の「インターナショナルは必ず実現する」という詞の部分を口ずさみ旅立ったとも伝えられ、事実上の中国共産党歌といってよい。
この、中国語版インターナショナルの歩みを追ったのが宋逸煒著『《国際歌》在中国』(南京大学出版社、2022年)だ。列悲、瞿秋白といった文学者らによる33種の中国語訳詞とポティエの原詞草稿から、ロシア、英、ドイツなどの各国語版11種を収集分類した上で、《国際歌》が近代中国政治の形成過程にどう伝播(でんぱ)していったかを詳解しており、同書の資料的価値は高く評価されよう。
ただ、上海の民衆がゼロコロナ政策の都市封鎖に抗議した時、この「インターナショナル」が大合唱されたことに示されるような、「国際歌」が持つ民衆レベルの象徴的意義も見逃せないと思う。こうした別な側面をも、本の射程に収めてほしかったというのはないものねだりか。
(菱田雅晴・法政大学名誉教授)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載
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