新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

「囚われ」に気付くために――大橋弘枝さん

「個人を大事にする社会になれば、私たちも健常者も生きやすくなります」 撮影=武市公孝
「個人を大事にする社会になれば、私たちも健常者も生きやすくなります」 撮影=武市公孝

俳優、プロデューサー、演出家 大橋弘枝/89

 耳が聞こえない。それゆえに、マジョリティーの先入観に何度もぶち当たってきた。新たな表現を開拓し続けてきた大橋弘枝さんが今、挑んでいるのが、そうした先入観を揺り動かす“ソーシャル・エンターテインメント”だ。(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)

>>連載「ロングインタビュー情熱人」はこちら

── 9月10日までダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」(東京都港区)で開催されているイベント「リアル対話ゲームⅡ『囚(とら)われのキミは、』」(一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ主催)のプロデューサー・演出・脚本を務めています。どんな催しなんですか。

大橋 多様な個性を持つマイノリティー(少数者)のキャスト(出演者)とともに、参加者がゲームをしながら対話を重ねる体験型の“ソーシャル・エンターテインメント”です。舞台設定が「学校」になっていて、参加者は「体育」「美術」「音楽」「社会」の4科目に分かれて体験します。

── 具体的にはどんな内容なんでしょうか。

大橋 例えば、「体育」の科目では、今までにないルールのスポーツを作ってみます。学校の体育では決まったスポーツをやりますが、マイノリティーの人たちはみんなと同じスポーツが難しい。ここではマジョリティーとマイノリティーが一緒にできるスポーツを、みんなで作って楽しもうということ。一緒にできることが何かあるはずなんです。

── 「美術」はどんなことをするのですか。

大橋 一般の人の美術のイメージって、目で見て楽しむことじゃないですか。ここでは、目を使わずに箱の中に入っているモノを手で触りながら、感じたモノを言葉にして、最後に頭の中に絵を描きます。そして、みんなが頭の中で見えた絵にタイトルを付ける。こうした目を使わない「美術」などを体験して、最後にみんなが何にとらわれていたのかを話し合います。

── イベントのタイトルは「囚われのキミは、」ですね。

大橋 「囚われ」というのは、とらわれているモノがあるということで、「キミは」誰でもいいんです。対話することによって、とらわれていた人が救われるのではなく、まだ続くということ。それを「、」で表しています。普通だったら「。」でいったん切れてしまいますが、「、」の後はそれぞれ自分の思いを対話で楽しんでほしいと思って付けました。

マイノリティーがキャストに

 7月29日から始まった「囚われのキミは、」。公募したキャストは、筋ジストロフィー患者やゲイ、視覚などに障害がある人など14人。チケットを購入した参加者が8人1グループとなり、1回95分の体験時間の中で2人のキャストと出会う。ゲームや対話を通じてマジョリティーの思い込みや固定観念が崩れ、マイノリティーとの境界線が曖昧になる過程を楽しむイベントだ。 参加者が鑑賞する演劇でもなく、講師から知識を教わる講義でもない。キャストと参加者が一緒になって楽しむのがソーシャル・エンターテインメント。昨年7~8月に3週間超にわたって開催した第1弾「リアル対話ゲーム『地図を持たないワタシ』」が参加者1060人と満員になり、第2弾として企画した。そして、俳優や演出家として活動する大橋さん自身も、耳が聞こえないろう者だ。

── 幼少期からコミュニケーションはどうしていたのですか。

大橋 2、3歳ごろから耳が聞こえないことが分かって、親にはどう育てるか、選択肢が二つありました。一つは手話を習うこと、もう一つは声を出すこと。手話は当時、主流ではなく、私が将来、社会に出ても困らないように、と口話(こうわ)の方を選んだんです。感覚を身に付けて、声に出して、声の感覚を覚えることに取り組み、口の動きを見て相手の言っていることを理解する訓練も始めました。

 小さいころは近くのスーパーのそばに置いてあった、おもちゃのパチンコで遊ぶのが好きでした。それをやりたくて、母にお金をねだると「いくらほしいの?」と聞かれる。うまく「50円」と答えられたら50円をくれるので、何度も「50円」と繰り返していました。母は情報が少ない中で教育に一生懸命でしたが、とにかくスパルタだったので怖かったですよ。

── 小学校では特殊学級(今の特別支援学級)ではなく、耳が聞こえる人と同じ学校に通い、いじめやつらい思いも体験することになったそうですね。

大橋 親はまず私を受け入れてくれる学校を探して、栃木県小山市に引っ越しました。ただ、私の当たり前と学校で通用する当たり前が違うので、勉強にはついていけませんでした。一番楽しかったのが美術と体育です。なぜかというと、コミュニケーションが取れなくてもできるから。何をやっているかが分かるので、すごく楽しかったんです。

「学校では特別扱いされた。みんなと一緒に走れるのに、何で最初から決めつけるのかな」

─…

残り2438文字(全文4438文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)が、今なら2ヶ月0円

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

11月26日号

データセンター、半導体、脱炭素 電力インフラ大投資18 ルポ “データセンター銀座”千葉・印西 「発熱し続ける巨大な箱」林立■中西拓司21 インタビュー 江崎浩 東京大学大学院情報理工学系研究科教授、日本データセンター協会副理事長 データセンターの電源確保「北海道、九州への分散のため地産地消の再エネ [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事