教養・歴史アートな時間

ほとんどが夜と雨の場面 実力派俳優二人の会話で“失われた20年”を描く 寺脇研

©️2023「花腐し」製作委員会
©️2023「花腐し」製作委員会

映画 花腐し

 タイトルは「はなくたし」と読む。出典は万葉集で、「晩春に美しく咲く卯(うつぎ)の花をも腐らせてしまう、その時期特有のじっとりと降りしきる雨」を指すそうだ。松浦寿輝による2000年の芥川賞作品の映画化である。小説家だけでなく東京大学教授、フランス文学者、詩人、批評家としても活躍し、幾多の文学賞を受賞した人とあって、極めて格調高い題名だ。

 といっても中身は男と女の愛憎劇であり、これは誰しも思い当たるところがあるだろう。バブル崩壊後「失われた10年」と言われていた時代を背景に、バブルに乗って興したデザイン会社を失って零落し、行き処(どころ)のない閉塞(へいそく)感の中を漂う男が、今はこの世にいない同棲(どうせい)相手との過去の記憶にすがりつく。あの頃はまだ良かったのに……と。

 映画は、それを約10年後の2012年に置き換える。「失われた20年」だ。東日本大震災と原発事故、民主党政権のあえなき崩壊。主人公は作品を撮るアテもなく鬱屈する映画監督で、行きがかり上知り合った男はシナリオライター志望ながら挫折して怪しげな稼業を営む。いきおい、二人がそれぞれに思い入れのある昔の女との日々を語り明かす展開になり、また、ほとんどが夜の場面、雨の場面だから気が滅入る。

 しかし、彼らほどに深刻な有り様ではないにしろ、あの「失われた」時代、われわれは大なり小なり気が滅入る状態を経験してきたのではないのか。そして、「失われた30年」になってしまった現在も、それはまるで解消されていないのではないか…

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