世界史を展望しつつ近代以降の成長システムの終わりを解説 評者・上川孝夫
『戦争と財政の世界史 成長の世界システムが終わるとき』
著者 玉木俊明(京都産業大学教授)
東洋経済新報社 2200円
ウクライナ戦争が続く一方、主要国の財政悪化に対する懸念が高まっている。歴史をひもとくと、近代世界システムは、戦時に国債を発行し、平時に償還するというパターンを繰り返してきたが、それが容易だったのは持続的な経済成長があったからである。しかし、そうした近代以来の成長システムは、もはや終焉(しゅうえん)を迎えつつある。そのことを歴史から展望したのが本書だ。
最初に登場するのは、17世紀に「黄金時代」を経験したオランダである。持続的な経済成長が始まった場所であり、戦費調達のために公債を発行し、税金で返済するという財政制度が形成された。公債を発行したのはオランダ諸州である。17世紀末には軍事費が国家予算の9割にも達する「戦争国家」と呼ばれ、住民の税負担は欧州で最も大きかったという。
対照的に、中央集権的な財政制度を確立したのがイギリスである。ここでも注目されるのは、18世紀に戦争で急増した国債残高(対GDP比)が、19世紀には主に経済成長により大きく減少したことだ。消費税や所得税が課されたほか、国債の低利借り換え、コンソル債(永久債)の有期債への切り替え、減債基金が設置されたことなどにも注目している。
一般に「近代」とは、18世紀後半に産業革命が起きたイギリスに始まるとされるが、著者は、オランダこそが近代経済の起源であり、多額の公債を発行しても、償還を続けられたのは、持続的な経済成長があったためと考えている。ただし、繁栄を支えたのはオランダ商人であり、オランダの財政制度は非中央集権的で、「中世」的な面があったと見る。
オランダ、イギリスに続いて第二次大戦後にヘゲモニー国家になったアメリカ、そして今後は中国が続きそうだが、しかし、オランダから始まった成長の世界システムは、早晩崩壊するだろうと著者は予測する。人口の減少、社会保障費の増加が予想される一方、新たな財源を見つけるのは容易ではない。国債のデフォルト(債務不履行)が発生する可能性にも言及し、歴史上、デフォルトが多発した大航海時代のスペインや、絶対王政下のフランスについて触れている。
近代的な成長システムが終わるとすれば、それに代わるシステムとは一体どのようなものだろうか。経済成長に頼らない社会設計の可能性が叫ばれて久しく、またウクライナ戦争を機に、防衛費などをめぐり、この国のありかたが問われている今、その点についての歴史的な考察なども期待したいところだ。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
たまき・としあき 1964年生まれ。同志社大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。『ヨーロッパ覇権史』『手数料と物流の経済全史』など著書多数。
週刊エコノミスト2023年11月14日号掲載
Book Review 『戦争と財政の世界史 成長の世界システムが終わるとき』 評者・上川孝夫