経済・企業

㊥廃棄物埋め立て地の夢洲が抱えるリスクを負うのは誰なのか 木下功

会場となる夢洲(ゆめしま)
会場となる夢洲(ゆめしま)

 大阪府と大阪市が巨額の経済効果を期待し、誘致を進めるカジノを含む統合型リゾート施設(IR)。経済効果の実現性やギャンブル依存症の増加、地盤沈下、巨大地震など懸念は尽きない。

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 夢洲(ゆめしま)は1977年から建設残土や廃棄物の処分場として整備されてきた埋め立て地だ。恒常的に地盤沈下しており、地震の際には液状化の可能性が指摘されている。高層建築物の立地には不向きな土地だ。

「地盤沈下については、継続的に沈下量計測などのモニタリングを実施するとともに、想定以上の沈下が進行した場合などの対応について十分検討しておくこと。液状化対策については、今後の対策工法等の詳細及び対象範囲の確定に当たって不十分なものとならないように検討すること。土壌汚染については、仮に今後新たな事象が判明した場合に備えて対応策を幅広に検討しておくこと」。今年4月、府市のIRの整備計画が認定された際に、整備計画審査委員会から突き付けられた条件の一つだ。地盤沈下、液状化、土壌汚染の対策について強い懸念を示している。

 認定から半年が経過したが、地盤問題解消の見通しは立たない。実施協定には、大阪IRが違約金なしで事業から撤退できる解除権の行使の条件が盛り込まれている。このうち「開発」という項目で「設置運営事業の実現、運営、投資リターンに著しい悪影響を与える本件土地またはその土壌に関する事象(地盤沈下、液状化、土壌汚染、残土・汚泥処分等の地盤条件に係る事象を含むがこれに限らない)が生じていないこと、または、生じるおそれがないこと」という趣旨の条件を挙げている。つまり、地盤沈下や液状化、土壌汚染などが事業に著しい悪影響を与えているか、与える恐れがある場合には、大阪IRは違約金なしで撤退できるということだ。

 大阪市は土壌汚染対策、液状化対策、地中障害物の撤去などに最大で788億円という巨額の公金をつぎ込むことを複数年度にわたる債務負担行為として決めている。液状化対策費用は工法の変更により、圧縮するというが、上限金額は現状を維持したままだ。

 必要な資金は特別会計の港営事業会計で市債を発行して調達し、IR事業者からの賃貸料などで返済する仕組みだが、事業者に撤退された場合はどうなるのか。

 府市の担当者は「工事費用はまずIR事業者が負担し、土地の引き渡しとIR施設の着工後に、実施協定が有効に存続していることを条件に大阪市が支払う」ため、事業者が撤退した場合には大阪市は負担しないと主張する。しかし、実施協定と同日に大阪市と大阪IRが結んだ「事業用定期借地権設定契約」には「不可抗力等または府もしくは市の責任に帰すべき事由により実施協定が解除された場合を除く」という趣旨のただし書きもあり、責任の所在の見解によっては大阪市に負担が求められる可能性がある。

地盤沈下の費用負担は?

 しかも、この土地改良費には地盤沈下対策が含まれていない。地盤沈下対策の費用は誰が負担するのか。府市で構成するIR推進局は市議会などで「IR施設に必要な地盤沈下対策は事業者が適切に実施する。市が使用した埋め立て材が原因で通常の想定を著しく上回る大規模な地盤沈下や陥没が生じた場合を除いて市が費用負担を行わないことを前提としている」と繰り返し答弁している。

 しかし、夢洲の土地はすべて大阪市が使用した埋め立て材でできており、「通常の想定を著しく上回る」という「通常の想定」自体に明確な定義がない。

 では、IR事業者はどのように考えているのか。市と事業者の協議では「夢洲での大規模開発は、支持基盤(洪積層)が長期に沈下する極めてまれな地盤条件下での施設建設となるため、地盤沈下対策だけで複雑かつ高難易度の技術検討や建物の安全性確保に多額の費用が生じている。さらに液状化した場合の建物への影響は技術的にも未知であり、地盤沈下・液状化の複合影響を建物構造で抑止・抑制する方法(杭(くい)補強等)だけでは、確実な安全性担保はできない」と、夢洲が「支持基盤が長期に沈下する」世界的にも稀有(けう)な軟弱地盤であることを指摘。

 2022年3月の市議会でMGM日本法人のエドワード・バウワーズ社長は「過去の沈下計測のデータが不測しており、今後の調査結果により、問題が出てきた場合は対応を見極める必要がある」とし、地盤沈下対策のリスク分担に含みを持たせている。再度、大阪IRの責任者を議会に参考人招致し、リスク分担を明確化するべきではないのか。

 地盤問題では9月、大阪市の新たな費用負担につながる項目が追加された。「事業用定期借地権設定契約書」に記載された「特定地中埋設物撤去等」だ。

「通常想定し得ない地中埋設物の存在が判明し、本件土地の外見から通常予測され得る地盤の整備・改良の程度を超える除去工事等が必要と見込まれる場合、一定条件の下、市がその費用を負担」としているが、なぜ実施協定を締結する段階で「通常想定し得ない」地中埋設物が追加されたのか。府市の担当者は「実際の契約にあたって必要となった」とするが、これまで夢洲の土地関連の契約に特定地中埋設物という言葉が入ったことはない。そもそも特定地中埋設物の撤去費用を債務負担行為の上限である788億円の枠外としている点にも疑問がわく。

市民が提訴

 今回、夢洲のボーリング調査を行っているのはIR事業者だ。莫大(ばくだい)な公金が投入される以上、事業者任せにせずに大阪市も調査すべきではないのか。

 南海トラフ巨大地震への備えも必須だ。計画では土地を改良した上で、事業者が高層ホテルや国際会議場などのIR施設を建築する。

 一方で、政府の地震調査委員会は南海トラフ巨大地震の発生確率を30年以内に70~80%と算出しており、大阪IRの事業期間と重なる。22年7月には、「高層建築物を想定していない軟弱地盤に巨大な施設を計画し、大阪市が底なしの財政負担をすることは違法」として、市民ら5人が契約の差し止めを求めて提訴し、現在も裁判は継続している。

 巨大地震の発生が想定される中で、極めて軟弱な地盤に集客を目的とした高層建築物を建てて被災した場合、いったい誰が責任を負うのか。誘致を進めた府市なのか、旗を振ってきた大阪維新の会なのか、事業を運営する大阪IRなのか、認可した国なのか。関西大学社会安全研究センターの河田恵昭センター長は「関西空港で分かっていたリスク。夢洲の地盤が問題になるのを知らずにIRの誘致を決めるのがおかしい。大阪市に788億円の負担の話が出ていることが甘かったということ。誘致する場所が本当に安全なのかということをとても心配している」と指摘する。

(木下功・ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年11月21・28日合併号掲載

大阪IRを問う/中 夢洲の地盤沈下、処理費用負担 南海トラフ巨大地震発生の不安=木下功

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