経済・企業

中国EVは群雄割拠時代へ BYDを急追する新興メーカーにIT大手も参入 湯進

BYDを筆頭に中国新興メーカーの勢いは止まらない。10月開催のジャパンモビリティショーの記者発表に臨むBYDの王伝福会長(左から2人目)筆者提供
BYDを筆頭に中国新興メーカーの勢いは止まらない。10月開催のジャパンモビリティショーの記者発表に臨むBYDの王伝福会長(左から2人目)筆者提供

 中国では新エネルギー車(NEV)の拡大を受け、新興メーカーが台頭。一方で、大手既存メーカーは苦戦が続いている。

 中国大手電気自動車(EV)メーカーのBYDの新車販売台数は2023年7~9月期に、スズキ、独メルセデス・ベンツを上回り、世界第9位にランクインした。10月の販売台数は初めて30万台を超え、日産自動車に迫る勢いだ。電動化シフトを加速するなか、日本の自動車メーカーが「脅威」ととらえるBYDがじわりと存在感を増しており、市場勢力図も書き換え始めた。

 一方、中国にはBYD以外にも多くのプレーヤーが存在し、その背中を追っている。今後は、スマートフォン(スマホ)化したEVである「SDV(ソフトウエアが定義するクルマ)」や自動運転技術などを武器とする新興メーカーがBYDの対抗馬になりうるのか、業界関係者の関心を集めている。

テスラを追う広汽Aion

 中国市場では世界に先駆けて急速な電動化シフトが起こり、EV、プラグインハイブリッド車(PHV)など新エネルギー車(NEV)の出荷台数は23年1~10月に728万台となり、23年通年では900万台を超える公算だ(図1)。世界のEVとPHV販売台数に占める中国の割合は20年の4割から足元の6割へと上昇している。車両の品質向上やEVの生産拡大に伴い、中国メーカーは海外市場に本気で目を向け始めている。中国の自動車輸出台数は23年に500万台に達し、日本を抜き世界最大の自動車輸出国となる見通しだ。

 中国が世界の電動化シフトをけん引する一方、多くの自動車メーカーがNEV生産に参入し、熾烈(しれつ)な競争を繰り広げている。23年1~10月のNEV乗用車販売実績をみると、BYDが圧倒的規模でトップを維持しており、広汽Aionが第3位に躍進し、2位のテスラとの差は縮小しつつある(表1)。昨年にBYDとトップ争いしていた上汽GM五菱汽車は、主力の低価格EV「宏光MINI EV」の失速に影響され、吉利汽車に抜かれて第5位に転落した。また大手自動車メーカーの長安汽車と長城汽車、異業種からNEV業界に参入した理想汽車、上海蔚来汽車(NIO)、Leap Motorも販売台数上位にランクインし、上位10社の市場シェアは全体の79%を占めている。

 22年末時点で中国での生産実績があったNEVメーカー96社のうち、NEV年産1万台以上のメーカーは41社に上る。諸侯乱立の様相を呈するなか、ここでは中国NEV業界の主要プレーヤーを三つのグループに分類できる。

 最初のグループはBYDを筆頭とする従来の自動車メーカーから生まれたNEV専業メーカーだ。ニッケル・カドミウム電池から事業をスタートしたBYDは03年に国有企業の西安秦川汽車を買収し、自動車業界に参入した。08年以降、ガソリン車では日米欧企業に勝てないと判断したBYD創業者の王伝福・現会長が電池技術を生かして電動車を生産する構想を描いた。独自のPHVシステム「DM(デュアルモデル)」を軸とし、世界初のPHV量産モデル「F3DM」、個人向けEVセダン「e6」、公共交通向けEVバス「K9」を相次いで投入し、ガソリン車とNEVの二刀流戦略を展開してきた。22年3月からは、ガソリンエンジン車の生産を停止し、NEV専業メーカーに変身した。これまで内燃機関車を売ってきた既存の自動車メーカーの中で、実際に純粋なエンジン車の生産を停止したのは、BYDが世界初となる。

地場メーカーは苦境に

 一方、多くの地場自動車メーカーはEVモデルを投入したものの、いずれも失敗した。背景にはガソリン車ブランドのEVは中国消費者に浸透しにくいことだ。広州汽車傘下の「広汽Aion」、長安汽車傘下の「アバター」、北京汽車傘下の「アークフォックス」、吉利汽車傘下の「ZEEKR」、東風汽車「VOYAH」、上海汽車・アリババグループが共同出資した「智己汽車」など、大手自動車メーカーから独立したNEV新ブランドが続々と登場している。

 なかでも今年6月から黒字転換を実現した広汽Aionが注目されている。同社の前身は広州汽車が17年に設立したNEV子会社、広汽新能源汽車であり、広州汽車の「伝祺」シリーズNEVを販売していた。18年にEV新ブランド「Aion」を立ち上げ、20年には社名変更し、広汽Aionが発足した。昨年9月に、民営化向けの所有構造改革が完了し、来年には新規株式公開を目指す。主力モデルの「AionY」「AionS」の好調を受け、今年のEV販売台数は21年比で4倍の48万台を超える見通しだ。

 中国政府のNEVシフト方針に加え、従来のガソリン車の開発の継続に限界が出てきていることから、国有大手自動車メーカーは「電動化+コネクテッド」を軸とするEV新ブランドを立ち上げたものの、テスラやBYDの攻勢に対し、自社EVの差別化を容易に実現できない状況だ。

 第2のグループはEVのパイオニアであるテスラ、中国IT系企業から参入した理想汽車、NIO、Leap Motor、NATA汽車、小鵬汽車などの新興勢だ。テスラは中国で「モデルS」の輸入車販売を14年から開始した。自動運転機能の備わるEV史上初の高級セダンは中国の自動車・IT業界の経営者に大きな衝撃を与えた。その後中国で40社以上の新興メーカーが生まれ、人工知能・自動音声、娯楽系アプリ、自動運転機能を備えることで差別化が図られている。

NIOのセダン型EV 「ET5」 筆者提供
NIOのセダン型EV 「ET5」 筆者提供

 テスラのような高級路線を進む理想汽車とNIOは、高級ガソリン車のユーザーを獲得しようとしているのに対し、Leap Motor、NATA汽車はローエンド市場向けEVを投入し、小鵬汽車は最新の技術を搭載するコネクテッドカーでミドルエンド市場のユーザーをターゲットとしている。

理想汽車は黒字転換

 なかでも理想汽車は今年に新興勢のなかで唯一黒字転換を実現する見通しだ。同社はレンジエクステンダー(E-REV)式EV、「L9」「L8」「L7」の3モデルを展開している。「マトリョーシカ・デザイン」と呼ばれるロシアの伝統人形のように外観や各モデルの部品・技術は共通化する一方、異なる車両サイズ・価格・利用シーンを用意し、より広い嗜好(しこう)を拾う製品戦略を実施している。「E-REVの長距離走行、中・大型SUV(スポーツタイプ多目的車)の広い車内空間」といったブランドイメージを構築したことにより、理想汽車は今年5月から中国の高級SUV市場(30万元以上)でトップシェアを維持している。同社は22年第4四半期(10~12月)から黒字に転換し、生産・販売効率の最適化により粗利益率も大幅に改善した。「28年に販売台数300万台を実現できなければ生き残れない」と理想汽車の李想CEO(最高経営責任者)が危機感を示した。

 今年の新車販売で10万台を超える新興勢は5社になる見通しだ。研究開発や販売網の整備などで巨額の資金を必要とするため、新興勢が黒字化を果たすことは簡単ではない。継続的に研究開発費を投じつつ、サービス品質を維持できるかという課題が新興EVメーカーにのしかかっている。

 3番目のグループはガソリン車販売を中心に据え、EVモデルも投入した日米欧大手自動車メーカーだ。トヨタ自動車は19年以降、PHV「カローラE+」、EV「C-HR」などNEVを相次いで投入した。しかし、エンジン車プラットフォームで生産された電動車は、車載機能など「車両制御」以外の差別化要因を訴求しにくくなり、かつ電池が高価なため、車両全体も高価格となる。トヨタは22年にEV専用のプラットフォームを採用した「bZ4」、BYDと共同開発した「bZ3」を投入したものの、エンジン車市場で構築したトヨタのブランド力がEVの販売増につながらなかった。

 トヨタと競合するドイツのVW(フォルクスワーゲン)は、20年11月、EV専用プラットフォーム「MEB」をベースにしたEV「ID.」シリーズを中国合弁企業で生産開始した。しかし、コネクテッド技術や自動運転補助機能を備えるテスラや新興メーカーのEVに対し、ID.シリーズはEVとしての突出した性能はみられず、23年1~9月の販売台数は11.7万台にとどまっている。

 23年1~10月の中国NEV市場では、BYDの好調により大手専業(第1グループ)のシェアが71%、テスラなど新興勢・地場(第2グループ)が21%であるのに対し、トヨタやVWを含む外資大手合弁メーカーの第3グループシェアは8%に過ぎない(表2)。電池駆動・制御システムを含む競争力を持つEVサプライチェーンの構築は外資系メーカーのシフトに欠かせないものとなるだろう。

大手IT企業も名乗り

 上記三つのグループ以外では、バイドゥ、スマホ世界大手の小米科技(シャオミ)などの大手IT企業も虎視眈々(こしたんたん)と狙うEV市場に名乗りを上げた。20年以降、電子・通信業界からは、大手IT企業がコネクテッドカーの生産に参入したことにより、中国自動車業界で本格的な地殻変動が始まった。

 バイドゥと自動車大手の吉利汽車は23年8月に自動運転モビリティーブランド「JI YUE」の立ち上げ、バイドゥの人工知能(AI)の技術と、吉利汽車の生産技術をベースとし、特定の条件下で「レベル4」自動運転技術に対応する「ロボットカー」(コネクテッドカー)を量産する予定。米アップルがEVに参入する可能性を意識し、シャオミは21年3月末にEV事業を立ち上げ、北京で年産能力30万台のEV工場を建設し、24年に量産車を投入すると意気込みを示した。アップルなど世界大手ブランドのスマホやパソコンの製造を受託するホンハイは、25年に世界EV市場で5%のシェアを獲得する一方、25~27年に世界でEV300万台分の部品・サービスも提供すると、EV事業で新境地を切り開こうとしている。

 これまで「クルマを作らない」方針を繰り返し強調してきた通信機器大手のファーウェイは車載カメラとスマホが連動する機能を備える「HiCar」システム、モーターや電池制御ユニットなどを一体化した基幹部品「DriveONE」、高性能センサーの「LiDAR」、独自OS「鴻蒙(ハーモニー)」など、各種技術を集約するEVプラットフォームを自動車メーカーに提供している。

 EVシフトに伴うクルマ製造のアーキテクチャーが変化するなか、コネクテッドカーとスマートデバイス及びアプリの相性が良いため、IT各社が現在の流れを商機と捉えており、違うコンセプトでルールチェンジされた新たな口火を切った。中国のEV市場ではBYDの「独り勝ち」から群雄割拠の時代になりそうだ。

 中国のNEV補助金政策が22年末に終了したことを受け、23年に入ってからEV・ガソリン車に問わず値下げの動きが広がっており、自動車業界の淘汰(とうた)の波も到来している。多くのEVメーカーは、コストや開発期間圧縮のため、電池・駆動モーターなどコア部品を内製化する「垂直統合型」のビジネスモデルを採用すると同時に、開発に占めるソフトウエアの比重も増えている。その潮流に対し、日米欧の自動車メーカーは、EV専業メーカーのスピードやコストに追いつけなければ、競争力を失う可能性があり、直近の欧州FCAや三菱自動車の中国撤退の轍(てつ)を踏まないよう、ガソリン車市場で残存者利益の享受、電動車市場で新規事業の拡大など、事業のバランスを取る必要がある。

(湯進・みずほ銀行ビジネスソリューション部主任研究員)


週刊エコノミスト2023年12月5・12日合併号掲載

中国NEV市場 BYD追う新興勢が続々登場 「スマホ車」の主導権争い激化=湯進

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