教養・歴史書評

格差を正当化するイデオロギーを相対化して公正な資本主義を目指すピケティ渾身の大冊 評者・諸富徹

『資本とイデオロギー』

著者 トマ・ピケティ(パリ経済学校教授) 訳者 山形浩生、森本正史

みすず書房 6930円

 著者の世界的ベストセラー『21世紀の資本』に続き、本書もまた、資本主義の本質を問い直す見事な一冊に仕上がっている。前著との違いは、格差の正当化に寄与したイデオロギーの役割を徹底的に解明し、資本主義の変革に向けた著者の構想を全面的に展開する点にある。

 変革に向けた構想は、次の2点に集約される。第一は企業の意思決定を変革し、現在の株主主権から「経営者と労働者による共同決定」に移行、「資本の社会所有」を確立することである。第二は、富裕層に対して毎年、累進的な資産税を課して富を再分配するとともに、その税収で25歳の若者に「資本支給」を行い、「資本循環」を促すことである。

 前者は株主の排他的権限に制限を加え、企業の意思決定に社会的視点を導入することを意味するし、後者は生産的に活用されていない富裕層の資産に国家が課税して吸い上げ、それを若者に教育・起業資金として再配分することで新陳代謝を起こし、新たな資本主義的発展を生み出そうとする大胆な提案である。

「成長が阻害される」との反論を想定して、著者は格差の最も小さかった時代こそ成長率が最も高い時代であったという歴史的事実を、データを用いて説得的に示す。

 資本主義の枠内での変革として、かなり踏み込んだ提案だが、資本に対する私的所有権の絶対視こそ、イデオロギーにほかならないと著者はいう。歴史を振り返れば、私的所有権の排他的な行使は、段階的に制限されるようになってきており、この提案はそうした潮流をさらに一歩、深めるにすぎないという。

 もっとも、以上の構想を実現するには、各国単独ではなく国際協調が必要になる。経済のグローバル化で各国は競い合い、所得再分配や社会保障を切り下げざるを得ない状況に追い込まれているからだ。

 こうした著者の構想を「非現実的」と読者は受け止めるかもしれない。だからこそ著者は、丹念に格差の歴史を跡づけていく。格差とそれを正当化するイデオロギーは時代とともに変化し、決して永遠ではないこと、格差は人間の意思と選択で拡大も縮小もすること、ゆえに変革は常に可能だという前向きのメッセージがそこから引き出される。

 本書は、より公正な資本主義を求めて経済、社会、思想、そして政治にまたがってまとめ上げられた著者渾身(こんしん)の大作であり、学問がますます細分化する時代潮流にあらがって生み出された、統合的な社会科学の精華だといえよう。

(諸富徹・京都大学大学院教授)


 Thomas Piketty 1971年生まれ。社会科学高等研究院(EHESS)経済学教授。世界不平等研究所および世界不平等データベースの共同ディレクター。『21世紀の資本』をはじめ著書多数。


週刊エコノミスト2023年12月19日号掲載

『資本とイデオロギー』 評者・諸富徹

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