教養・歴史書評

実は互いの服装に憧れていた 貴重な日中文化交流史 菱田雅晴

 ファッションと化粧品は、実はその国の文化を理解しようとする際に深い意味を持つ。

 チャイナドレスと聞けば、深いスリットの入った、ボディーラインを際立たせた旗袍(チーパオ)の蠱惑(こわく)的な情景を思い浮かべるかもしれない。一方、映画「007 ジェームズ・ボンドシリーズ」のドクター・ノオのように、ハリウッド映画に登場する悪役はマオスーツで決めていたし、宿敵スペクターのボス、ブロフェルドもこのマンダリンカラーだった。

 最近では、日本の若い女性に浸透する韓国コスメブームや、インバウンドの中国旅行者が日本のドラッグストアのコスメコーナーへ殺到する様子などが注目されている。

 こうした中、日中の服飾交流に着目した劉玲芳著『異服新穿 近代中日服飾交流史』(社会科学文献出版社、23年)が出版された。先に出版された日本語版の翻訳で、日中両国の身装文化(服装、髪型、身体意識)の交流、共有、混合を検証し、1900〜1920年代に日中両国がそれぞれの文化に驚き、差別を生みながらも双方で身装文化を取り入れていった過程を豊富な資料により描き出している。

 近代の日中両国において、相手国の身装を着用するそれぞれの動機の違い、効果、影響の差異とは何だったのか。ともすれば「近代化=西洋化」、すなわち服装の「近代化=洋服化」と捉えがちな従来の視点からすれば、ともにアジア人である自分たちに洋服は合わないと認識し、また一方で自国の伝統の服装をも否定し、中国では日本の服装への、そして日本では中国の服装への憧憬(しょうけい)が生まれていったという指摘は実に新鮮だ。

 具体的には、日本の体操教育を導入する際、小学校の体操服として日本の学生服が紹介され、次第に学校の範囲を超えて一般の中国人男性の常服となり、「中山装(人民服)」となった過程は興味深い。また、1920年代中ごろには中国服が日本人の女優や上流階級の令嬢、貴婦人たちに好まれ、最先端のファッションとして着用されていたともいう。

 日中の装いの交流の歴史と実態に基づき、服飾を核とした東アジア交流史の新たな地平を示す一書だ。

(菱田雅晴・法政大学名誉教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年12月19日号掲載

海外出版事情 中国 互いの服装に憧憬 貴重な日中文化交流史=菱田雅晴

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