世界が陥った史上初のエネルギー危機をロシアを軸に根源から明晰に解説 評者・田代秀敏
『エネルギー危機の深層 ロシア・ウクライナ戦争と石油ガス資源の未来』
著者 原田大輔(エネルギー・金属鉱物資源機構〈JOGMEC〉調査部調査課長)
ちくま新書 1012円
ロシアに対し経済制裁を科している米国にロシア産原油がインド経由で輸出され、2023年1〜9月に少なくとも1.8億ドル(約264億円)の資金がロシアにもたらされた。
この皮肉な事態は、米国的ダブルスタンダードというより世界的エネルギー危機の帰結である。
国際エネルギー機関(IEA)は昨年10月、「今、世界は史上初のエネルギー危機の真っ只中にあり、その引き金を引いたのがロシアによるウクライナ侵攻である」と宣言した。「史上初のエネルギー危機」は誇張ではない。現在起きている危機は、1970年代の2度の石油危機をはるかに超える「前例のない規模と複雑さを伴う」ものであり、石油だけでなく石炭、天然ガス、水素ガスさらに太陽光・風力や原子力まで巻き込んだ地球規模の危機である。
その「史上初のエネルギー危機」を、正真正銘の専門家が、根源から明晰(めいせき)に解説したのが本書である。
「世界が一次エネルギー供給の8割弱、電源構成の7割弱を化石燃料に依存する今」、化石燃料産業に従事する著者こそ危機の深層を語れる。
危機の引き金がロシア・ウクライナ戦争である通り、「今日のエネルギー情勢においては陰に陽にロシアが決定的に重要な役割を演じている」。
事実、「ロシアはサウジおよび米国に並ぶ世界最大級の原油生産量と、世界最大の埋蔵量を誇る天然ガスを有し」「天然ガス市場では唯一供給余力を有する」。
それだけではない。ロシアは、「排出された二酸化炭素を回収し、地下に貯留するポテンシャル」があり、「二酸化炭素を吸収する森林面積は世界最大と言われており」、脱炭素にも不可欠の存在なのである。
ロシアにはエネルギー専門大学が4校あり、常時数万人が修学している。その中で最も古く1930年に創立され、西シベリアに原油・天然ガスが大量に埋蔵していることを予見した地質学者の名を冠する名門のグープキン記念国立石油ガス大学に著者は留学し、修士号を取得している。また、著者の夫人は、「シベリアの首都」と呼ばれるノヴォシビルスク出身のロシア人である。
「知にてロシアは解し得ず、並みの尺では測り得ぬ」と19世紀の詩人フョードル・チェッチェフは記した。
そのロシアを内奥から知る著者だからこそ、ロシアを軸とするエネルギー危機を偏見なく分析し、「ロシア・ウクライナ戦争をあまり語られることのないエネルギーの側面から読み解いていく」ことができる。
世界的にも貴重な一冊である。
(田代秀敏・infinity チーフエコノミスト)
はらだ・だいすけ 1973年生まれ。東京外国語大学インド・パーキスターン語学科卒。経済産業省資源エネルギー庁長官官房国際課を経て現職。著書に『北東アジアのエネルギー安全保障』(共著)など。
週刊エコノミスト2023年12月26日・2024年1月2日合併号掲載
『エネルギー危機の深層 ロシア・ウクライナ戦争と石油ガス資源の未来』 評者・田代秀敏