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重要性を増す「AI用半導体」 勝敗を決めるのはハードか 長谷佳明

エヌビディア本社(米カリフォルニア州サンタクララ)=2023年6月5日 Bloomberg
エヌビディア本社(米カリフォルニア州サンタクララ)=2023年6月5日 Bloomberg

 英科学誌『ネイチャー』は2023年12月、毎年恒例の科学技術に多大な影響を与えたその年の人物「Nature's 10」を発表した。これからの時代を反映してか、例年と一風変わり、人間以外の“人物”として「ChatGPT」を加えた。

 ChatGPTを加えた理由として、プレゼンテーションの概要をまとめたり、プログラムのコード生成や研究のアイデアの相談相手となったりするなど、科学者の仕事の進め方を変えつつある点を挙げている。また、生成AIブームをけん引した科学者として、人間部門には、オープンAIの共同創業者であるイリヤ・サツキバー氏が選ばれた。

 一方で、ChatGPTをはじめとした生成AIの学習データには、真偽が不確かなものが含まれているために誤りのある不完全なものであるなど、ネイチャーは多くの課題を指摘している。課題はありながらも、生成AIの急速な進化は続くというのが、2024年の大方の見方なのだろう。

存在感を増すエヌビディア

 生成AIの進化の原動力となっているのが、本連載でも度々登場する、GPU(Graphics Processing Unit)と、半導体メーカーのエヌビディアである。同社は2023年通期でサムスンやインテルを抜き、半導体の売上高で世界首位となると見られている。現在のAI開発で、エヌビディアのGPUがデファクトスタンダードになっている。生成AIブームによって世界中でエヌビディア製GPUへの需要が急激に高まり、法人向けの高性能製品は入手困難な状況が続くなど、GPUの有無が最新の生成AI開発の勝敗を決しかねない状況になった。

 関連する企業の動きも素早く、米国のスタートアップ企業「コアウェーブ(CoreWeave)」は、かつて仮想通貨を手掛ける企業向けに、クラウドでGPUリソースを提供するビジネスを手掛けていたが、現在は生成AI向けに事業を転換している。

ChatGPTなど生成AIは世界を変えるのか Bloomberg
ChatGPTなど生成AIは世界を変えるのか Bloomberg

 顧客の中には、英国のディープマインドの共同創設者であったムスタファ・シュリーマン氏が設立し、生成AIのユニコーン企業に数えられるインフレクションAI(Inflection AI)などが含まれる。

 インフレクションAIのような、“有望顧客”を早期に獲得したことで、コアウェーブは、保有するGPUのいち早く拡大に成功した。これが呼び水となり、コアウェーブは23年8月、同社が大量に保有する「H100」のようなエヌビディアの超高性能GPUを「担保」として、ブラックロック、ピムコ、カーライルなどの金融機関から23億ドル(約3290億円)もの資金を調達した。まるで希少価値の高い不動産のように、コアウェーブが所有するGPUを「資産」とみなしたのである。

中国に対する輸出規制

 生成AIの開発競争は世界中で進められており、高性能なGPUを必要とするのは、米国と並びAI開発の先陣を進んできた中国も例外ではない。しかし、ここで問題となったのが、近年、緊迫度を増してきた米中の経済戦争である。

 米国商務省産業安全保障局は22年10月、中国向け半導体製造装置や半導体の輸出規制を施行した。AI用半導体も含まれ、メモリーとの双方向転送速度が毎秒600ギガバイト、処理性能が毎秒4800テラオペレーション秒を超える製品を対象とした。

中国・無錫で開かれた The World of Internet of Things Exposition に出展したファーウェイ=2023年10月21日 Bloomberg
中国・無錫で開かれた The World of Internet of Things Exposition に出展したファーウェイ=2023年10月21日 Bloomberg

 エヌビディアは、この規制にかからならないよう、転送速度を半分に抑えるなどした特別なGPU 「H800」「A800」を設計し中国などに輸出していたが、23年10月には対象が見直され、処理性能が高いGPUは一律規制の対象となった。転送速度を抑えていたとしても、処理性能の高いGPUを広帯域のネットワークで接続すれば、輸出規制となっているGPUと同等の性能が引き出せてしまうからである。

 米国の姿勢からは、今後の経済成長や覇権を握る戦略的技術であるAIを見据え、開発の要となる高性能なGPUの調達を妨げ、ライバルである中国の開発力を弱体化させるとの戦略がうかがえる。

完全に止めることは不可能

 GPUを巡る規制に関し参考となるのが、5Gの実用化に向けた整備が進もうとしていた最中の2018年に始まった中国の通信機器大手ファーウェイへの一連の規制であろう。米国は「国防権限法2019」において、中国政府によるインターネット安全法などを理由に、中国企業が機密情報を流出させる懸念があるなどとして、ファーウェイやハイクビジョンなどの機器の連邦政府機関での調達を禁止した。

 19年5月には、米国商務省産業安全保障局が、米国製のソフトウエアや技術を含む物資に関し、ファーウェイと関連する企業への輸出を許可制とするなど、その後も一貫して取引を制限し、事実上の「禁輸」に相当する厳しい措置を講じた。その結果、ファーウェイは、通信の要である半導体に関するノウハウや製造、調達の手段が大幅に制限され、開発は極めて困難になるかと思われた。

 しかし、ファーウェイが、23年8月に発表した スマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載された「麒麟(Kirin)9000s」というプロセッサーは7nm(ナノメートル)で回路が設計され、同時期に発売されたアップルの iPhone 15 Proに搭載された「A17 Pro」の3nmと比べ劣るものの、中国企業に半導体に関する高い開発製造能力のあることを示した。

 現代において、技術はグローバルに広がっており、人材の行き来を考えれば、輸出制限によって、一時的に開発を遅らせることはできても、止めることは不可能である。GPUを巡る措置も、同様の状態を引き起こすものと考えると、サプライチェーンから外されることで中国企業のAI用半導体の開発の状況が見えなくなり、突如として既存製品を凌駕(りょうが)する新製品を発表するのではないかと、欧米のトップ企業が、むしろ心配するのも当然のことである。

 経済戦争が引き起こす技術的困難は、ビジネスに新たな環境変化を引き起こし、裏を返せばイノベーションを生む芽にもなる。次の時代の先駆者たちは、技術を先読みし、経済や政治も先読みする。今年は、米中の経済戦争は雪解けとなるか、AIの行く末を考えるうえでも、重要なテーマとなるだろう。

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