教養・歴史書評

自由貿易が支持されるメカニズムを消費者意識の視点から考察 評者・井堀利宏

『なぜ自由貿易は支持されるのか 貿易政治の国際比較』

編者 久米郁男(早稲田大学政治経済学術院教授)

有斐閣 3850円

 戦後の国際政治経済における大きな潮流はグローバル化である。世界中の国々で経済的な相互依存関係が強まり、孤立した閉鎖経済は成り立たなくなった。ただし、グローバル化は国々や人々の間で不平等な影響ももたらした。21世紀に入ると、WTO(世界貿易機関)の機能不全、イギリスのEU離脱、米トランプ大統領の保護主義志向、ウクライナ危機に象徴される地政学リスク、中国の覇権主義への警戒など、自由貿易には逆風が吹いている。

 本書は、自由貿易が国内の政治過程において反発や支持を生み出すメカニズムを、人々の自由貿易に対する態度形成に注目して分析する。政治学で最近活用されているサーベイ実験という手法で、生産者としての刺激を与えた場合には保護主義に、また、消費者としての刺激を与えた場合には自由貿易支持に態度が変容することを指摘して、消費者としての視点が自由貿易支持の底堅さを生み出すと主張する。

 すなわち、たとえ自由貿易で所得や雇用にマイナスの影響があり、自由貿易に否定的な人でも、消費者としての意識が刺激されると、自由貿易に対する反対が緩和される。従来は、自由貿易で損害を被る場合に、別途、社会保障政策で対処されるという「埋め込まれた自由主義」で自由貿易が支持されると考えられてきた。本書はそれとは別の消費者視点から自由貿易の支持創出メカニズムを見いだした点で、興味深い。

 アメリカでは対中国との貿易摩擦に象徴されるように、輸入競合産業に従事する労働者が安価な外国製品の輸入拡大に反発している。しかし、アメリカでのサーベイ実験では経済的要因が自由貿易支持を規定しないという。経済的要因が重要でないとの結果は逆説的に思えるから、その理由について説得的な説明が欲しい。たとえば、サーベイ実験の被験者の中でそうした輸入競合産業従事者の比重がきわめて小さいのか、輸出産業に従事する労働者は自由貿易に肯定的だからかもしれない。

 本書はこの分野で活躍する政治学者の研究成果をまとめたものであり、自由貿易の政治学分析の貴重な貢献である。ただし、一般の読者は自由貿易の恩恵に関するより具体的な議論にも関心がある。地産地消ブームに見られるように、産地や輸入品の情報が不透明だと、消費者視点でも自由貿易への支持が減るかもしれない。人やカネの自由化、直接投資への態度は、貿易の自由化と異なる場合もある。幅広い視野での研究成果も期待したい。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 くめ・いくお 1957年生まれ。京都大学法学部卒。米コーネル大学大学院博士課程修了。Ph.D(政治学)。主な著書に『労働政治 戦後政治のなかの労働組合』『原因を推論する政治分析方法論のすゝめ』など。


週刊エコノミスト2024年1月23日・30日合併号掲載

『なぜ自由貿易は支持されるのか 貿易政治の国際比較』 評者・井堀利宏

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