教養・歴史書評

IT長者による寡頭支配を“新しい封建制”と呼ぶ警鐘の書 評者・将基面貴巳

『新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告』

著者 ジョエル・コトキン(米チャップマン大学都市未来学プレジデンシャル・フェロー) 解説者 中野剛志、訳者 寺下滝郎

東洋経済新報社 2200円

 格言に「歴史は繰り返す」という。しかし、過去の類比(アナロジー)で別の時代を理解することに専門の歴史研究者は警戒しがちである。歴史的事象はすべて1回限りのものであるという考え方がいわば公理として広く共有されているからである。だが著者ジョエル・コトキンは未来学者であって歴史家ではない。本書は、過去との類比によって現代世界を特徴づける大きな流れを把握しようとする大胆な試みである。一般に中世の遺物とみなされる封建制が現代世界に装いを替えて出現しつつあると主張する。

 著者によれば、ハイテク産業を主導する超富裕層が「寡頭支配層」を形成し、彼らが理想とする中央管理と効率性を優先する社会像を大学の研究者や文化産業の人々などの「有識層」が正当化する体制が各国でできあがりつつあるという。彼らに富が集中する一方で、中流階級は衰退し労働者階級には地位向上の機会が閉ざされつつある。階級がますます固定される傾向こそが現代世界が封建制に酷似する点だと著者は主張する。

 富の集中による「持てる者」と「持たざる者」への二極分解というだけなら目新しい論点ではない。しかし、本書は全世界のあらゆる社会階層の最新動向に目配りする視野の幅広さの点で傑出している。

 一方、中世の封建制をモデルとして現代世界を理解する際、身分の固定化ばかりを強調するのは単純化がすぎるのではないか。中世封建社会は権力が多様に分化しており、中央集権化を目指す世俗君主に対抗してキリスト教会が普遍的支配権を主張し、中世都市は自治と自由の根拠地としてヨーロッパに偏在していた。特に現代との比較で決定的に重要なのは、封建社会にはまだ近代国家が存在していなかった点である。現代世界で無視しえない国家が「新しい封建制」の時代において果たす(べき)役割について本書はほとんど語っていない。

 とはいえ、本書の魅力は分析の精度よりはむしろ著者が情熱的に抱く危機感にある。ハイテク産業の「オリガルヒ」が実現を目指す社会には労働者にとっての機会だけでなく自治と自由もない。「新しい政治パラダイム」がどうしても必要だと著者が訴えるゆえんである。その青写真を著者は示さないが、その代わり、市民的美徳の再生に未来を懸けている。「究極的に人間は上からの恣意(しい)的な支配に喜んで服従することはない」と著者は断定する。しかし、そんたくばかりが目立つ日本ではこの言葉は空疎に響くのが悩ましい。

(将基面貴巳、ニュ−ジーランド・オタゴ大学教授)


 Joel Kotkin 未来学者。地理学や環境・都市計画が専門。米国ヒューストンにある都市改革研究所エグゼクティブディレクター。邦訳書に『カリフォルニアInc.』『都市から見る世界史』などがある。


週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載

『新しい封建制がやってくる グローバル中流階級への警告』 評者・将基面貴巳

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