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教養・歴史 書評

箱根駅伝にからむ“札束合戦”に光を当てたビジネスマン納得の一冊 評者・黒木亮

『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』

著者 酒井政人(スポーツライター)

平凡社新書 1045円

「駅伝がマラソンをダメにした」と言われるが、評者は「マラソンが駅伝をダメにした」のを見てきた。

 かつて日本全国に無数の駅伝大会があった。評者の故郷、北海道でいえば、旭化成など道外の実業団チームもやって来る旭川─札幌駅伝を最高峰に、北見─網走駅伝、留萌─深川駅伝、各地の市町村対抗駅伝など、数多くのローカル駅伝があった。

 ところがここ30年くらいの大衆マラソン・ブームで、超大型の青森─東京駅伝や九州一周駅伝も含め、駅伝は次々と姿を消した。主催者にとっては、各中継点の審判員の配置、中継点付近のトイレの確保、選手が中継点で脱いだジャージーなどを運ぶ輸送車の運営など、駅伝はロジスティクスの負担が大きく、マラソンのほうが手っ取り早い。そこに地方の過疎が拍車をかけた。

 かつて北海道屈指のアマチュア駅伝チームだった旭川走友会の神村千里元監督の自宅の玄関脇の部屋には、道内各地の駅伝大会の優勝旗が10本くらい飾られている。「すごいですね」と言うと、「もう大会も廃止になって、優勝旗の返還もできないから、俺ん家(ち)で保管してるんだ」と寂しそうに話していた。

 そうした中、1987年に日本テレビの中継が始まったのをきっかけに、国民的行事となり、独り勝ちの様相を呈しているのが箱根駅伝だ。

 評者が箱根駅伝を走ったのは79年と80年だが、その頃に比べると、記録、用具、練習方法、各大学の施設などが大幅に進化している。

 たとえば評者の時代に医科学トレーニングを取り入れていたのは、医学部があり、また学究肌の澤木啓祐監督がいた順天堂大学くらいだったが、今は多くの大学が、故障の早期回復のため高気圧酸素ルームや、高地トレーニング同様の効果をもたらす低圧低酸素ルームまで完備している。

 有力選手には授業料免除、用具提供などのほか、最大で月に30万円もの「栄養費」が支給され、それでブランド品を買いあさる選手もいる。

 もちろん毎回の大会運営にも、莫大(ばくだい)な金がかかる。

 これら費用は、視聴率30%超のお化けコンテンツとなった箱根駅伝に絡んで動く、毎回数十億円ともいわれる金で賄われている。その金銭的側面に、おそらく初めて光を当てたのが本書だ。詳しくは読んでほしいが、現在はいろいろな意味で「札束合戦」になっているようだ。

 本書は、通常のスポーツ物とは一線を画し、ビジネスマンにも納得がいく、興味深い一冊である。

(黒木亮・作家)


 さかい・まさと 1977年生まれ。東京農業大学在学時に出雲駅伝5区、箱根駅伝10区に出場。現在はスポーツライターとして活動中、著書に『ナイキシューズ革命』『箱根駅伝 襷をつなぐドラマ』などがある。


週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載

『箱根駅伝は誰のものか 「国民的行事」の現在地』 評者・黒木亮

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