教養・歴史書評

現代中国を支える新世代農民の難題「恋愛・結婚」 菱田雅晴

 1970年代末以来の中国の高度成長を支えた要因の一つが低廉、良質な労働力、すなわち、大量の農民工=出稼ぎ農民の存在であった。今や中国を覆うのは改革開放第2世代の青年層、とりわけその第2世代農民の有りようが注目される。

 都市化が進展(今や中国の都市化率は2022年で65.22%)する中、工場の生産ライン、建築現場はもとより、ショップ店員、レストランのウエーターあるいはタクシー運転手、ガードマンに至るまで、依然として出稼ぎ農民が都市生活の根底を支えている。その都市部へと流入した若き新世代農民にとって仕事を見つけること以上に立ちはだかる難題が「成家」=結婚だという。

 王小璐(南京農業大学社会学系副教授)は80后、90后(1980年代、90年代)世代の農村青年1337人に対し、恋愛と結婚に関するインタビューを行った。これに基づき、都市化プロセスの中での現在と未来が交錯する情景をえぐり出したのが王小璐著『何以安家:城市化進程中農村新生代青年的婚恋』(社会科学文献出版社、2023年)で、新世代農民とその出身家族にとって「成家」、すなわち、結婚により家族を築くことは、就業をはるかに上回る重要性を持っていることを活写している。

 一方、宋麗娜著『婚恋転型:新生代農民工的婚恋実践』(社会科学文献出版社、21年)は出稼ぎ青年の「閃婚閃离(=電撃結婚・離婚)」「臨時夫妻(=一時的カップル)」等の婚姻破綻事例を紹介し、農村青年の困惑、焦慮を描き出している。特に女性農民の場合、通婚圏を超えた自由恋愛では大きなリスクに直面するという。まず、娘が遠くに嫁ぐことを望まぬ両親の大反対に直面する。また、男性側の両親が反対しなかったとしても、そのような家族は経済的に困難を抱えているケースも多く、愛を貫くとすれば、嫁ぎ先での辛酸を覚悟しなければならない。さらに、これらの困難を乗り越えたとしても実家からの支援も得られず、孤立無援となり、異郷婚姻への後悔も深まり、結婚生活は安定しないという。

 両書は単なる恋愛・結婚事情の紹介にとどまることなく、その背後に戸籍制度はもとより労働市場、伝統的家族制度に至るまでの現代中国の構造的課題を見いだしている。

(菱田雅晴・法政大学名誉教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2024年2月6日号掲載

海外出版事情 中国 新世代農民の恋愛と結婚は現代中国の難題=菱田雅晴

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