元FRB議長が21世紀の新型金融政策(ただし黒田バズーカを除く)を検証 評者・服部茂幸
『21世紀の金融政策 大インフレからコロナ危機までの教訓』
著者 ベン.S.バーナンキ(ブルッキングス研究所特別シニア・フェロー) 訳者 高遠裕子
日経BP 5280円
21世紀に入ってから、世界金融危機と新型コロナ危機という歴史に残る大きな二つの危機が起きた。危機の中で、金融政策ではこれまで考えもしなかった新たな試みが行われている。本書は、FRB(米連邦準備制度理事会)議長だったバーナンキが、新しい取り組みも含めて、金融政策のあり方を論じたものである。触れたいことは多々あるが、残念ながら字数の制約がある。
世界金融危機後、欧米でも短期金利はゼロまで低下し(日本はそれ以前からゼロとなっている)、金利の引き下げができなくなる。代わりに導入されたのが非伝統的金融政策で、FRBが導入したのは量的緩和政策とフォワードガイダンスである。短期金利がゼロ下限に達しても、長期金利などはゼロにはなっていない。だから、長期国債などを購入することによって長期金利などを引き下げるのが、バーナンキが言う量的緩和である。また、中央銀行が経済の見通しを示すことや、今後の金融政策に対しコミットメントをするフォワードガイダンスによって、長期金利を引き下げたと彼は言う。しかし、金融政策によって予想インフレ率が上昇するならば、長期金利は上昇するはずである。
なお、日本が2001年以降に実施した量的緩和政策はマネタリズムに基づきマネーストックの増加を目指すものであったが、これは効果が乏しいと言い、彼の言う量的緩和からもこの政策を除外している。日本のリフレ派はマネタリーベースの大量供給は予想インフレ率を引き上げると言い、この考え方に基づき黒田日銀は量的・質的緩和政策を実施する。けれども、本書にはこうした政策は登場しないのである。
危機の中で中央銀行が新たな試みをしなければならなくなったのは、政策手段が枯渇すると同時に、効果が乏しくなってきたためでもある。実際、本書は「金融政策は万能薬ではない」とも書いている。日本語版の序文では黒田日銀がデフレ脱却に失敗したのは努力不足のためではないとある。これは評者が黒田日銀の成立前から唱えていたことである。
その理由として、バーナンキは根強いデフレ予想に言及する。この認識は間違いで、内閣府のアンケートでは、23年初めには、5%以上上昇すると回答した人が6割以上もいた。黒田日銀には消費者物価を引き上げる力はなかったが、輸入物価が高騰すれば、消費者物価も、インフレ予想も簡単に上がるのである。これが分からない限り、日本の金融政策の失敗は続くだろう。
(服部茂幸・同志社大学教授)
Ben S. Bernanke 1953年生まれ。米ハーバード大学卒業後、マサチューセッツ工科大学経済学博士号取得。2022年に銀行と金融危機に関する研究によりノーベル経済学賞受賞。著書に『危機と決断』など。
週刊エコノミスト2024年2月13日号掲載
『21世紀の金融政策 大インフレからコロナ危機までの教訓』 評者・服部茂幸