生成AIはメディアと共存できるか 「データ利用料」を考える 長谷佳明
米新聞大手のニューヨーク・タイムズが2023年12月、同社の記事がAI(人工知能)の学習によって勝手に取り込まれ著作権が侵害されているとして、オープンAIとマイクロソフトを相手取り、訴訟を起こした。数十億ドルもの損害が生じたと主張している。
ニューヨーク・マンハッタンの連邦地方裁判所に提出された資料によると、あるケースでは、GPT-4が生成した文章の大部分のおよそ340ワードが、ニューヨーク・タイムズの記事と一言一句同じものとなり、「酷似」を越えて「コピー」といえる状態になっていた。
キーワードは「道徳心」
米国では、著作権法107条(通称:フェアユース規定)により、ニュース報道や教育、研究や調査を目的とする場合などでは、著作権者からの特別な許可なく、著作物を再利用する権利が認められている。出所を明記したうえで、要点の引用などだけなら、規定をクリアできるかもしれないが、生成AIが、出所もないまま長文のコンテンツをほぼ複製し、あたかも自らが生成したかのように振る舞えば、再利用の範囲を越えている。
著作物利用に関して、何が公平(フェア)で、何が不公平(アンフェア)なのかは、裁判所によって判断され、この要件を満たせば規定をクリアできるといった明確なルールはない。しかし、AIの学習に欠かせないデータという「資源」を生み出すものとして、メディアが利用に応じた対価を主張するのは、まっとうなことのように感じられる。このまっとうなこと、つまり「道徳心」が今回の訴訟のキーワードである。
ニューヨーク・タイムズの提訴が明らかになった際、オープンAIはニューヨーク・タイムズとコンテンツの利用料に関して交渉中であったことを明かしている。金額の多寡や支払い方法はともかく、利用料を支払う意思はあるのである。
オープンAIは、同じく23年12月、ドイツ最大のメディア・コングロマリットのアクセル・シュプリンガーとコンテンツ利用に関して複数年の契約を締結したと発表している。シュプリンガーは、米国の政治メディア「ポリティコ」、金融情報メディア「ビジネス・インサイダー」など有力コンテンツを保有する企業で、最新情報をAIに学習させるうえで、欠かせないピースの一つといえる。
始まった「ゲームチェンジ」
オープンAIが、メディアとの共存は欠かせないと考えていることは間違いない。日々、膨大で質の高い文章を生み出すメディア企業は、20世紀の発展をエネルギー面で支えた油田に等しい。かつて、安定的なエネルギー確保が産業発展の生命線であったように、AIにとってはデータの安定的な供給が欠かせないのである。
ニューヨーク・タイムズのように交渉がまとまらなかったものもあるが、オープンAIはメディアへ「コンテンツ利用料」を支払い始めた。これは、生成AIを開発するライバル企業から、果てはオープンソースとしてAIを開発するグループにも、今後、多大な影響を与える「ゲームチェンジ」になる可能性がある。
具体的には、訴訟や法的な支払い根拠の提示などの“外圧”によらず、AI企業はメディアのデータを学習や推論に利用するならば、その対価を進んで支払うというものだ。今後は、「オープンAIは支払っているのに、なぜ他企業は支払わないのか」という事態にもなりかねない。メディアに対して利用料を支払う「道徳的責任」が問われる可能性が考えられる。
資金力がものをいうのか
ただ、独アクセル・シュプリンガーとの契約で、オープンAIが年間いくら支払うのかは、公開されていない。生成AI分野でオープンAIのライバルであるアンソロピック社のような資金に余裕のあるユニコーン企業を除き、これから市場を切り拓こうとするスタートアップ企業にとっては、「データの利用料」は大きな負担となることは明らかである。
また、オープンソースのAIの中には、メディアに対して、支払う余裕などなく、開発が凍結されるケースも出るだろう。この「ゲームチェンジ」は、オープンAI側があえて利用料を支払う流れを“仕掛けた”ともいえ、「道徳心」を巧妙に活用して資金力にものをいわせたパワーゲームに持ち込むための戦略にも見える。
AIは、一度学習して終わりのものではなく、継続的にデータを取り込むことで、改善し、陳腐化を防ぐ。この観点から、メディアとの共存なくしてAIの発展はない。オープンAIの投げかけた、メディアとの共存に向けた戦略は、波紋のように世界中に広がり、いや応なく、他のAI企業を巻き込み、大きな“うねり”となっていくだろう。対抗馬たるオープンソースのグループが開発するAIは、資金力にまさる企業の技術の独占にどう太刀打ちするか、その真価が問われている。