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教養・歴史 ロングインタビュー情熱人

言葉と声の「力」――山根基世さん

「テレビを見ていると言葉が乱れているというレベルではないと感じます。空疎な言葉が目立ちます」 撮影=武市公孝
「テレビを見ていると言葉が乱れているというレベルではないと感じます。空疎な言葉が目立ちます」 撮影=武市公孝

アナウンサー 山根基世/106

 ドキュメンタリー番組のナレーションなどで活躍するアナウンサーの山根基世さん。NHKを退職後は朗読活動にも取り組んでいる。自分の言葉で話す子どもたちを育て、社会を少しでも変えたいとの思いからだ。(聞き手=中西拓司・編集部)

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── 2007年にNHKを退職した後も、NHKスペシャル「映像の世紀バタフライエフェクト」のナレーションを23年3月まで担当するなど、さまざまな映像作品で活躍しています。

山根 最近ではNHKの「“冤罪(えんざい)”の深層~警視庁公安部で何が~」(23年)や、民放ドラマとしては初めてTBSの「半沢直樹」(13年、20年)のナレーションも担当しました。「半沢直樹」は突然依頼の電話があり、びっくりしました。福沢克雄監督からは「金融関係の難解な言葉がたくさん出るので、意味をしっかり伝えられるNHK出身のアナウンサーがいいと考えた」と聞きました。

 ナレーションは視聴者に意味がしっかり伝わるとともに、「誰が読んでいたんだっけ?」と思ってもらうことを理想にしています。透明人間みたいに(笑)。情報が届きつつ、読み手の姿が見えないことを目指しています。

── 感情をゼロにして読んでいると?

山根 それでは人工知能(AI)と同じになります。読み手としては映像に何も感じていないわけではないんです。例えば、担当した「“冤罪”の深層」でも、読み手としては「何てひどい」という感情がわきます。ただ感情を出すわけにはいきません。何にも感じていないように聞こえるけれど、読み手が心の中で感じているものがニュアンスとして浮かび上がることが一番大事だと思っています。

 心で感じれば「声に表れる」と思っています。その結果、視聴者には読み手の思いが伝わります。文字を追うのではなく、心で感じながら読むことが大事と考えています。

「朗読を通じて子どもたちの言葉を育みたい」

 定年退職後は、朗読もライフワークにしている山根さん。15年には公益財団法人文字・活字文化推進機構で「山根基世の朗読指導者養成講座」を始め、講師を務めている。1年12回の講座で、これまで高校生から80代までの計約360人が受講した。24年4月には8期生を迎える。講座で最も大切にしているのがイントネーションだ。小学校の教科書でおなじみの「ごん狐」(新美南吉作)などの児童文学を題材に、朗読の方法を受講生と探求している。

イントネーションが「基本のキ」

── 講座を始めたきっかけは?

山根 自分の目や頭で世の中を見て考え、自分の言葉で語る子どもたちを育てることで世の中を少しは変えられるのではないかと、定年の前から考えていました。子どもの言葉を育てるにはいろいろな手段がありますが、私の場合は朗読しかありません。壮大な思いかもしれません(笑)。声というのは不思議なもので、いつまでたっても自分の思い通りにはなりません。私自身、声のことをもっと知りたいと思って「声の力を学ぶ」という講座も主宰して勉強しました。

── 言葉を巡る子どもたちの環境は変化しているのでしょうか。

山根 子どもが生きていく上で一番必要なのは、毎日の暮らしの中で隣の人と心を通わせるにはどういう言葉を使えばいいか、ということですが、それを学ぶ場がありません。どんな言葉をどんなタイミングで使えば、人を傷つけずに良い関係が結べるのか、といったことですが、家庭では保護者は日中不在で、きょうだいも少ないため、いろいろな言葉に触れる機会に恵まれていません。

 学校でも進学や受験が前提なので書き言葉ばかりだし、話し言葉もスピーチやディベート、ディスカッションといったパブリックスピーキング(公的な場での発言)が中心です。日常生活に必要な日本語がおろそかにされていると感じます。朗読を通じ、地域の子どもたちの言葉を生み出す土壌を育みたいと考えています。地域の核となって、言葉を指導できる人材を育てることを目指しています。

── 朗読をどう教えているのですか。

山根 イントネーションが朗読の「基本のキ」です。日ごろの話し言葉が最も意味が伝わりやすいイントネーションで、いつも話しているように読むことが基本です。文章の意味が自分の中に入り、それを心も頭も納得していれば、「話すように」自然なイントネーションで読むことができます。一つの意味を持つ文章の塊を、高い音から出て、なだらかに音を下げながら、一息で読むのが基本形です。

── 文字にすると難しそうですね。

山根 例えば、目の前の相手に自分の気持ちを伝えようと思って話す際は自然なイントネーションで話せますが、文字に書いてあるものを読み始めた途端、不自然な節がついて伝わりにくくなります。書かれた文章を、意味を考えず声にするだけの時は、自分の呼吸の都合で文章を切って読んでしまうからです。これは朗読ではなく「音読」です。

 実は、人は自分が思うことを話す時、一つの意味のことを一息で語っています。その時のイントネーションが最も人に伝わりやすいのです。正しいイントネーションで朗読するには、意味・内容と、呼吸を合わせることが一番大切です。

「○月○日○曜日」全部を間違う

 山根さんはそもそもアナウンサーになる考えはなく、早稲田大学時代は演劇サークルに所属した。経済的に自立でき…

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