資本主義も持続的成長もナショナリズムが起源と説く“上級入門書” 評者・原田泰
『ナショナリズム入門』
著者 リア・グリーンフェルド(ボストン大学ユニヴァーシティ-・プロフェッサー) 訳者 小坂恵理 解説 張彧暋(ちょういくまん)
慶応義塾大学出版会 2970円
ナショナリズムは、15世紀後半のイギリスの薔薇(ばら)戦争で貴族階級が壊滅したことから始まるという。新しい王朝には貴族階級が不足していた。その空白を埋めるために、力のある庶民に貴族階級への上昇移動を誘った。
社会階層は、生まれによって決まっていて、それは個人の努力で動かせるものではなかったので、新しい貴族階級は、それまでの社会ではありえない経験をした。階層移動を成し遂げた彼らは、イングランドの人民は全員が一つのネーション(国民)だと考えるようになった。全員がネーションなら、その成員には階層はなく、上昇移動が自由になるからだ。
ネーションの成員が平等になると、個人が自らの価値を自ら決定する権利、すなわち自由という観念が創造された。すると、イングランド人はイングランドを自分たちの共同体とみなすようにもなり、自分たちはイングランドの普及的主権(コミュニティーの構成員が自治に参加すること)の参加者だと考えるようになった。
ナショナリズムは、経済にも影響を与える。資本主義はあくなき富の追求であり、これは人間の自然的な性向とは異なる。にもかかわらず、このような精神が芽生えたのはプロテスタンティズムによるというのがマックス・ウェーバーの説だが、この説は実証的に支持されない。さまざまな宗徒が同じように富の追求を行っているからだ。しかし、ナショナリズムによれば説明できる。
ネーションの威信は他のネーションとの比較で評価されるため、ネーションの威信を上げるとされる、経済を含むあらゆる分野で、競争力は成功を評価する尺度となる。そのゴールは相対的なので、永遠に行きつくことができない。経済の持続的成長は、ナショナリズムによって刺激され、維持されているという。
また、平等であれば、成功しなければならないという圧力も高くなる。成功しない人々やネーションは他のネーションに対してルサンチマンを持つ。ルサンチマンをなだめるためには優れた相手に屈辱を与えるしかない。社会主義、共産主義、ファシズムはこのようなルサンチマンから生まれた。欧米やアフリカで形成されたナショナリズムの大半で、ルサンチマンは中核的な要因だったと著者は指摘する。
書名は、「入門(原題は上級入門)」だが、複雑な概念操作が多用され、あまり入門的ではない。しかし、示された概念は、さまざまな重要な事象を理解するのに極めて有用だ。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
Liah Greenfeld ヘブライ大学でPh.Dを取得。ハーバード大学准教授などを経て現職。専門は社会学、政治学、人類学。著者に『ナショナリズム』3部作などがあるほか、論文も多数。
週刊エコノミスト2024年3月5日号掲載
『ナショナリズム入門』 評者・原田泰