企業の具体的取り組み示し経営者と投資家の姿勢問う 評者・平山賢一
『低PBR株の逆襲』
著者 菊地正俊(みずほ証券エクイティ調査部チーフ株式ストラテジスト)
日本実業出版社 1870円
東証が低PBR企業に対して経営改革の要請を行い、PBR1倍割れ企業の多さが話題になっている。PBR(Price Book-value Ratio)とは、株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを見て、現在の株価の目安を示す投資尺度である。そのため、投資家の関心も高く、時宜を得た内容になっている。
さらに、本書の特徴として挙げたいのは、各企業の取り組みを具体的に紹介しているため、上場企業にとっても他社動向の参考書としても活用し得る点である。
各企業の取り組みを改めて観察していくと、取引所や社会からの声に応じて、企業が受動的に計画を策定して発表したと推察されるものが数多くあるのに愕然(がくぜん)とさせられる。経営企画担当部門が今後の青写真を策定し、そのまま役員会で数少ないQ&Aのみで決定に至った内容が透けて見えるからである。
魂のこもらない経営方針ほどむなしいものはない。事例の羅列は、経営者の目線の違いを浮かび上がらせてくれるだけに本書の意義は大きい。その実態が、行間からにじみ出てくるため、株価指数の上昇ばかりに気をとられてはいけないとの思いを強くするのは、おそらく評者だけではないだろう。
企業の経営者が思慮を尽くしたときに出てくる結論は、あらゆる投資家に選ばれる企業を目指すことではなく、どの投資家を選ぶべきかという点ではないだろうか。著者がほのめかす一部の経営者の言葉を拾っていくと、その行き着く先には企業主導の投資家との対話が見え隠れするからである。もちろん、従来の“持ち合い”への回帰を推奨するわけではない。
投資家によって、投資ホライズン(期間)はまちまちであり、求める企業像も千差万別である。多様な投資家のすべてを対象にする必要は、そもそも企業にはないはずだ。長期投資家にしても、スコットランドの年金基金と、安定した配当でインカムを長期に獲得したいとする個人投資家では、求める指標は全く異なる。そのため、経営者が意識する指標も一つにこだわる必要はないといえよう。
一部の企業経営者の逆襲が始まるならば、投資家も漫然と企業に対峙(たいじ)してばかりはいられない。自省的に自らの投資姿勢やポリシーを明確にしなければ、企業の声との共鳴がかなわないからだ。「低PBR株の逆襲」は、経営者の姿勢を問うように見えて、実は投資家の姿勢を問うているのであろう。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)
きくち・まさとし 東京大学農学部卒業後、大和証券に入社。大和総研、メリルリンチ日本証券を経て、2012年より現職。著書に『日本株を動かす 外国人投資家の思考法と投資戦略』などがある。
週刊エコノミスト2024年3月12日号掲載
『低PBR株の逆襲』 評者・平山賢一