教養・歴史書評

いまだに遠き日中相互理解! 菱田雅晴

 大多数の自国民が好ましい印象を抱いている国への外交政策は親近感が追い風となるのに対し、逆の場合、国民の反対の声を押し切って行う外交は容易ではない。もちろん民意への過度のおもねりはポピュリズムと指弾されて然(しか)るべきだが、民心のありようは間違いなく対外関係で重要なファクターとなっている。

 日本では内閣府外交世論調査のほか、言論NPOが中国側と共同実施する世論調査等で中国への親近感の経年変化をうかがうことができるが、ここへ来て中国でも相手国意識への関心が高まっている。

 こうした中、しばしば言及されている著作が魯義・国際関係学院教授の『中日相互理解還有多遠 関于両国民衆相互認識的比較研究』(天津人民出版社、2006年)だ。同書は、1982年から2002年に至る20年間の日中両国の世論調査を渉猟し、中国にあって「日本」が必ずしも「日本人」を意味せず、「日本が好き」の回答比率が「日本人が好き」を上回り、「日本人は嫌い」も「日本は嫌い」を上回る結果に注目している。

 こうした無意識裡の区別なしには、日本製品に囲まれ、日本発のポップカルチャーに興じる中国青年が反日デモに参加するという事実は理解し難い。日本発、日本製という具体的なモノとは区別された「日本」という記号=シンボルであろう。

 魯義は相互認識・相互理解・相互信任の3段階をたどるべき日中関係において、相互理解はいまだしと結んでいるが、この指摘を受けて、孫揚(南京大学歴史学院副教授)が1945年から92年の天皇訪中までの戦後中国人の日本への認識を追う。その上で、戦争の傷跡が依然集団記憶として残る中国の一般民衆にとって、指導者の戦略的決断としての“中日友好”をどこまで受容できたのだろうかとも問題提起している。

 魯義、孫揚ともに、一見「解決」されたように見えるものの実際には解決されておらず、戦略目標に従属した「中日友好」の下で性急に回避され隠蔽(いんぺい)されたに過ぎないとも論断している。

 近年の日本側における対中親近感の急減もあり、日中間の相互理解、ましてや相互信任は「日暮途遠」の感も深い。

(菱田雅晴・法政大学名誉教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2024年3月12日号掲載

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