国際・政治

バイデン政権の“失策”突くトランプ氏 失業率は低くても“食・住”に高止まり感 岩田太郎

トランプ元米大統領は2月20日、米サウスカロライナ州グリーンビルで保守系テレビのFOXニュースが主催したタウンホールに出演(Bloomberg)
トランプ元米大統領は2月20日、米サウスカロライナ州グリーンビルで保守系テレビのFOXニュースが主催したタウンホールに出演(Bloomberg)

 経済は好調なのにバイデン氏への支持は広まらない。物価の高止まりが市民生活を直撃しているためで、トランプ氏はその「弱点」を突く。

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 米国のインフレは全体的に沈静化に向かっているが、市場の予想以上にしつこいようだ。特に消費者が敏感に反応する食品や住宅価格の高止まりが続いており、続投を目指すバイデン大統領にとっては逆風になる一方、返り咲きを狙うトランプ前大統領には格好の攻撃材料になっている。

「(クラッカーなどのディップに使う)フムスが6ドル(約900円)以上するようになったから、買うのを我慢している。なくても死なないから」。行きつけの飲食店で、米国人の女性ウエートレスが愚痴っていた。フムスの容器の以前の価格はその半額だったそうだが、原材料のひよこ豆の値上がりが響いているらしい。

「食」と「住」が高騰

 米消費者物価指数(CPI)は2022年6月、前年同月比9.1%となりピークとなった。直近の24年1月の上昇は3.1%で、6ポイントも下がっているが(図1)、米労働省統計局によると、食品価格は20年2月~23年5月に23.5%値上がりしている。

「食」だけでなく「住」も深刻だ。米住宅仲介大手ジローは23年11月、全米の平均家賃が新型コロナのパンデミック(世界的大流行)前と比較して30%上昇したと報告している。同業のレッドフィンが23年6月に発表した分析でも、全米平均住宅価格がパンデミック前から44%も上がっている。

 食品や家賃が2桁台の値上がりを示しているのに対し、肝心の賃金上昇は追いついていない。アトランタ連銀の分析によれば、19年12月~23年9月の米平均週給のインフレ調整後の実質上昇率は3%にとどまっている。CPIだけみればインフレに若干ブレーキがかかった格好だが、多くの米国人の収入は目減りしたままだ。

 米世論調査大手のギャラップ社が2月16日に発表した調査では、59%が「バイデン大統領が就任した3年前と比較して、買い物が困難になった」と答えた一方、「楽になった」は35%にとどまる(図2)。トランプ再選を阻止したいバイデン氏にとって、物価高による収入の目減り分を取り返せない状況は大きな弱点となる。

 また、米NBC放送が2月4日に発表した調査では、55%が「トランプ氏の方がバイデン氏よりも米経済をよくする」と回答したのに対し、バイデン氏がトランプ氏よりも経済をよくすると答えた人は33%に過ぎず、22ポイントもの差がついている。

 バイデン氏は、インフラ整備や先端産業誘致を進める経済政策を「バイデノミクス」と称している。米国の国内総生産(GDP)は23年10~12月期に前年同期比3.1%成長するとともに、24年1月の失業率は3.7%と歴史的な低水準にとどまっており、こうした米国経済の底力をバイデノミクスの成果と訴える。しかし、有権者の関心は生活実感が伴わないマクロ経済のデータより、身近な食品価格の動向などに向いており、バイデン氏のアピールは空回りしているようだ。

値札を見比べて商品を選ぶ高齢者(ニューヨークで2024年2月、共同通信)
値札を見比べて商品を選ぶ高齢者(ニューヨークで2024年2月、共同通信)

 米『ニューヨーク・タイムズ』紙は2月13日付の記事で、接戦州ミシガンで全米自動車労働組合(UAW)に加入している黒人女性労働者であるブルック・デイビス氏のインタビューを掲載した。デイビス氏は「大統領選で誰に投票するか決めていないが、共和党の政策の方がより現実的で将来を見据えた前向きなものにみえる。民主党は聞こえのいい希望や夢を売り込むが、それを実現できない」と語った。同紙は「民主党が頼りにする黒人女性や、労組メンバーという二つの属性を持つ人が態度を未決定にしていることは、バイデン大統領にとって良くないニュースだ」と論評した。

 有権者の不満を解消するため、バイデン政権は、①賃上げに向けた労働者支援、②薬価引き下げ、③児童控除額の引き上げ──など、一般国民の実質収入を引き上げる政策に力を入れ始めた。21年11月には、連邦政府の下請け企業の最低時給を15ドル(約2250円)に引き上げている。さらにバイデン氏は23年秋、UAWによる3大自動車メーカー(ビッグスリー)に対するストライキを自ら支援し、今後4年半で25%アップという大幅昇給を勝ち取る原動力となった。

 コーネル大学のまとめでは、23年に全米で実施されたストは470件(前年比114%増)で、労働組合員の参加数も65%増の53万9000人に上ったという。ブルームバーグは、24年に期限を迎える労使契約の数が前年と比べて減ることから、ストの規模は小さくなると推測する一方で、労働者のストへの参加意欲が高まると予想している。選挙をにらんだバイデン氏が、UAWに対して実施したような「スト支援」を他の労組にも打ち出す可能性は高い。

「新車買えるか?」

 またバイデン政権は23年12月、高額の処方薬など医療価格を引き下げる取り組みを公表。高騰する医療費にあえぐ有権者の心をつかむため製薬企業との交渉を進めており、新薬価は選挙直前の9月に発表される予定だ。これが成功すれば、本選で大きな得点となる。1月には、総額780億ドル(約11兆7000億円)規模の企業・児童向け税額控除措置法案を下院で通過させるなど、再選に向けて着々と手を打っている。

 一方のトランプ氏は、インフレ対応が出遅れているとして、バイデン政権の弱点を突く戦略をとっている。2月17日のミシガン州での演説では「再び新車や住宅を買ったり、長期休暇を取得したりしたいなら、根性のひねくれ曲がったジョー・バイデンをクビにしよう。そして、バイデノミクスをMAGA(「米国を再び偉大に」の略語)ノミクスに置き換えるのだ」と呼びかけた。

 有権者に、クルマや家がインフレで思うように購入できなくなっている現状を思い起こさせるとともに、そうした事態がバイデン政権の失策によるものだと断じ、解決策がトランプ氏の返り咲きであると単刀直入に訴えている。前述のミシガン州の労働者の声に代表されるように、トランプ氏の主張は有権者の不満をたくみに突くもので、多くの米国民の生活実感に合致している面もある。

 バイデン氏は、医療対策などといった地道な施策や、インフレの減速策などを積み重ねることで、「暮らし向きがよくなった」「将来に希望が持てる」と感じる有権者の数を増やし、トランプ再選の芽を摘みたい考えだ。本選挙までに、インフレ解消の結果を有権者の目に見える形で打ち出せるかどうかが大統領選の勝敗のカギを握る。

(岩田太郎〈いわた・たろう〉在米ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2024年3月12日号掲載

トランプ再び インフレ 国民の不満突くトランプ氏 賃金上昇不発で家計に負担=岩田太郎

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