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テクノロジー 最前線! AIの世界

ソフトウエアに代わりAIが「世界を飲み込む日」は近い 長谷佳明

講演するマーク・アンドリーセン氏。世界初のブラウザーを開発=2016年9月13日 Bloomberg
講演するマーク・アンドリーセン氏。世界初のブラウザーを開発=2016年9月13日 Bloomberg

 世界初のブラウザー「モザイク」(後のネットスケープ・ナビゲーター)を開発したエンジニアのマーク・アンドリーセン氏が、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに「Why Software Is Eating The World」(なぜソフトウエアが世界を飲み込むのか)と題した寄稿をしてから10年以上が過ぎた。

 寄稿(2011年)は「In short, software is eating the world.(つまり、ソフトウエアが世界を飲み込む)」という有名な言葉から始まる。当時、新たなソフトウエアの受け手として世界中で爆発的に普及しようとしていたスマートフォンや、旧態依然としていた事業をソフトウエアによって刷新したアマゾンやネットフリックスの事例から、今後あらゆる産業がソフトウエアの影響を受けるようになるとの大胆な予言であった。

 アンドリーセン氏の言葉は的中し、オンライン商取引は拡大を続け、現金決済に代わり電子決済が当たり前になった。街では配車サービスが普及するなど、私たちの暮らしは文字通りソフトウエアによって“アップグレード”された。

工業製品の性能も上がる

 ソフトウエアは、日本の基幹産業である自動車へも影響を及ぼした。電気自動車へのシフトが始まると、SDV(Software Defined Vehicle 、ソフトウエア定義車)という言葉が生まれた。

EVで世界の最先端を走るテスラの工場(ドイツ・ベルリン近郊のグリュンハイデ)=2024年3月13日 Bloomberg
EVで世界の最先端を走るテスラの工場(ドイツ・ベルリン近郊のグリュンハイデ)=2024年3月13日 Bloomberg

 代表例がテスラである。購入後もソフトウエアを更新し、新たな機能を付け加えたり、時に運転性能を向上したりできる。これまでの工業製品は、時間とともに部品が劣化して性能が落ちていくのが当たり前であったが、ソフトウエアの改良によってむしろ性能がアップするというのは画期的であった。

 あらゆるサービスがオンライン化し、世界中のどこかで新たなビジネスアイデアがソフトウエアによって生み出されている。もはやソフトウエアなしには、今日の社会は成り立たないのである。そして、ソフトウエアがもたらした世界の変化は今、AI(人工知能)によって、次のステージにアップグレードされようとしている。

営業戦略が画期的に変わる

 CRM(Customer Relationship Management、顧客情報管理)サービスを手掛ける米国のセールスフォースは、 Einstein (アインシュタイン)と名付けたAIを開発し、自社のサービスに組み込んでいる。

セールスフォースはAIをサービスに組み込む=2023年1月25日 Bloomberg
セールスフォースはAIをサービスに組み込む=2023年1月25日 Bloomberg

 CRMに蓄積された顧客とのやり取りをAIに学習させると、購入見込みの高い客を抽出させたり、より高度なケースでは次に打つべき最適な営業施策を予測させたりできる。セールスフォースはパッケージ製品であるため、標準的な使い方によってデータを蓄積すれば、商材の特性や顧客属性に合わせた専用機能が「学習済みモデル(AI)」として“ところてん式”にできあがる。

 従来、個社に沿った専用機能を実装する場合、業界特有の商習慣を熟知するコンサルタントが顧客の業務を分析し、打つべき戦略を一つ一つルールに落とし込み、ソフトウエアとして実装する「演繹的」なアプローチがとられていた。

 この手法は時として、標準機能のカスタマイズではカバーできず、大幅に機能を追加しなくてはならないことがある。これがパッケージソフトウエアにおいて、しばしば導入コストアップの元凶としてやり玉にあがる「アドオン」である。しかし今後は、アインシュタインのように、データから「帰納的」に作り出された学習済みモデルがアドオンの代わりになる。

 セールスフォースは生成AIにもいち早く取り組んでいる。見込みのある客に打つべきメールの草案を、生成AIがCRMに蓄積された顧客属性や商材の内容を前提条件として“考慮”し個別に作成するような手厚い支援も可能になっている。

「ソフトウエア2.0」の時代

 独SAP社もAIを重視している。同社はERP(Enterprise Resources Planning、企業資源計画)パッケージを手掛けているが、「SAP Business Technology Platform(BTP)」をリリースし、蓄積されたデータから顧客の要望に沿ったAIを作り出せるようにしている。また「SAP Joule(ジュール)」と呼ばれる生成AIアシスタントによって、顧客のデータ分析も支援。AIはシステム構築に不可欠になっている。

ドイツのSAP社もAIを重視=2021年7月15日 Bloomberg
ドイツのSAP社もAIを重視=2021年7月15日 Bloomberg

 このように、業務用のコンピューターシステムを開発するパッケージベンダーは、ソフトウエアの機能をAIに置き換えることを進めており、「AI is eating the software.(AIがソフトウエアを飲み込んでいる)」はすでに現実のものとなっている。世界を飲み込むとされたソフトウエアは、今度はAIに飲み込まれ始めているのだ。

 膨大なデータを用いて学習し、AIによって帰納的に作り出されるプログラムは、エンジニアが演繹的にルールを積み上げたロジックを実装する従来型のソフトウエアと区別し、「ソフトウエア2.0」と呼ばれる。この言葉は、2017年11月、当時テスラの運転支援ソフトウエア「オートパイロット」の開発責任者であったアンドレイ・カルパシー氏が公開したブログの中で紹介した言葉である。カルパシー氏はオープンAIの設立に関わるなど、昨今の生成AIとの関係も深い。

 さらには、生成AIによるプログラムのコード生成技術も実用性を増し、ソフトウエアの開発手法そのものも変わろうとしている。ソフトウエア自身がAIを取り込み、ソフトウエア2.0へと飛躍的な進化を遂げようとしている。ITサービスを長年支えてきた日本のシステム・インテグレーターやコンサルティング企業は、従来の延長線上にとどまらない、ソフトウエアの進化を見据えた構想力と実装力が期待されているといって間違いないだろう。

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