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経済・企業 経済の盲点

国際比較ではもはや「低学歴社会」の日本――「ジョブ型」推進なら専門人材育成が急務に 山内麻理

欧米企業では博士号取得が当たり前(シンガポールのリー・シェンロン首相にシンガポール新本社を紹介するダイソン創業者のジェームズ・ダイソン氏、2022年3月)Bloomberg
欧米企業では博士号取得が当たり前(シンガポールのリー・シェンロン首相にシンガポール新本社を紹介するダイソン創業者のジェームズ・ダイソン氏、2022年3月)Bloomberg

  政府は2023年の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で、働き手の職務内容をあらかじめ明確に規定する「ジョブ型雇用」の普及を柱とした労働市場改革を掲げた。経団連も職務内容を明確にして成果で評価する「ジョブ型採用」の普及を促している。ただ、ジョブ型採用といっても、日本の大学生はこれまで専門分野の訓練を十分受けてきたわけではない。修士や博士など「タテの学歴」が重視される欧米と違い、日本では偏差値によるランク付けである「ヨコの学歴」が重視されるからだ。ジョブ型雇用を進めるのであれば、学費の無償化など学生たちが大学で専門性を磨ける施策を同時に打ち出していく必要がある。

「ヨコの学歴」の日本、「タテの学歴」のドイツ

 日本の大学の特徴は「ヨコのヒエラルキー」だ。各大学が入学試験を実施し、大学での学習内容や教材を大学入学時のレベルに合わせるため、同じ「学士」でも勉強した内容に大きな差が出てくる。1つの大学に同じような学力の学生が集まり、同じ教材で学ぶことから、進級や卒業のスピードの違い(タテの差)は発生しにくい。結果として、どこの大学を卒業したかが重視されるようになる。私はそれを「ヨコの学歴」と呼んでいる。

 ドイツなど欧州では大学入試を実施しないケースが多い。大学入学資格を取得すれば入学は比較的容易だが、進級や卒業は厳格に管理される。このため、1つの大学に様々な学力の学生が集まり、進級や卒業までのスピードに差が出やすい。企業は「学士」「修士」「博士」などの学位の高さ(タテの学歴)を重視する傾向にある。

学位重視、進級も卒業も難しい欧米

 OECD(経済協力開発機構)の平均では所定期間(日米で4年間、欧州では3年間)で大学を卒業する学生は4割に過ぎない。所定期間プラス3年間でも7割程度だ。ほとんどの学生が所定期間の4年で卒業する日本とは対照的だ。「同一労働同一賃金」が浸透している欧州では、技能や知識に関連する学位や資格が賃金格差や昇進の根拠とみなされる。その分、「タテの学歴」の欧州の大学は進級や卒業が難しく、勉強しなければ厳しい末路が待っているというわけだ。

 例えば、殆どの学生が無償の公立大学で学ぶドイツでは、就職市場で人気の「情報工学」を専攻する学生の第一学期在籍者数のうち、卒業した数は4割程度だ。これは、多くの学生が試験や授業についていけず、途中で進路変更したり、ドロップアウトしたりしていることを示している。欧州諸国では社会保障が発達していることから、これらを活用してゆっくり卒業する人やいったん就職してから復学する人も少なくない。試験の成績や論文の出来が悪ければ、留年することになる。

「タテの学歴」の国では、卒業までのスピードが重視される。例えば、多くのドイツ企業の採用基準には「卒業までに要した期間」や「所定期間での卒業」という項目がある。進級や卒業までの速さが優秀さの物差しの1つとなっているわけだ。

日本は優秀な学生が「博士」目指さず

 日本と欧米諸国では雇用の仕組みも違う。「ヨコの学歴」の日本では新卒一括採用で解雇規制も厳しい。長期雇用が前提となるため、企業は学生の中途半端な職務能力より潜在能力を重視し、入社後の企業内訓練に依存してきた。企業が「潜在力が高い」と考える有名大学出身者を採用する傾向も変わっていない。

 ドイツでは有力企業のトップマネジャーの45%は博士号取得者だ。しかし、奨学金や学費無償化などの制度が発達していない日本では、多くの大学生は博士号の取得を目指さない。このため、博士号取得者が最優秀の人材とは限らないのが実態だ。また、欧米で一般的な飛び級も落第もないため、博士は常に学士や修士より年長者である。結果として博士は、専門知識や技能を大学院で取得してきたにもかかわらず、就職市場でそれほど評価されない。

処方箋は大学、大学院の教育を無償化

 それでは、どうすれば「ジョブ型」雇用が日本でも成功するのだろうか。私は処方箋が大きく二つあると考えている。一つ目は大学、大学院など高等教育の学費を無償化することだ。学生が学費を払ってくれる「お客様」ではなくなるため、進級や卒業をより厳格に管理でき、優秀な学生だけが卒業するようになる。学費の支払いが増えることを恐れて卒業を急ぐ必要がないため、長期インターンシップや職業訓練も可能となる。専門人材が増え、企業はジョブ型採用をしやすくなる。

 高等教育の無償化というと「税金の高い北ヨーロッパだけの施策」と見る向きも多い。しかし、実際には旧東欧諸国、アルゼンチン、メキシコ、ブラジルなどの中南米諸国などで公立大学の学費は無償だ。米国の大学は有償だが、多くの有力大学では奨学金が充実している。例えばMIT(マサチューセッツ工科大学)では親の年収が14万ドル以下の世帯出身の学生の授業料を免除しているという。イギリスやオーストラリアでは一定の年収に届くまで返済義務のない所得連動型教育ローンが整備されている。日本の奨学金は条件が厳しく、使いづらいという声も多い。

企業内に「大学」を設置する

 もう一つは、企業が専門人材の育成に貢献することだ。例えば企業が大学をつくり、インターンとして働きながら学位を取得できるような仕組みを作ることだ。ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州では、ダイムラーやボッシュなどの企業が主導し、職業訓練と高等教育を組み合わせた私立の教育機関「デュアル(二元)大学」を設立した。09年には州立大学化され、現在は数千の企業・機関が「パートナー」として参画している。

 英ダイソンもDyson Institute of Technologyというプログラムを始めている。週3回有償で働きながら、週2回無償の座学を受けられるという。ダイソンは「私たち自身で英国のエンジニア不足の問題に取り組むことにした」としている。日本には、こうした企業はほとんどない。

 政府や経団連が「ジョブ型採用を推進する」とお題目を唱えるのは簡単だが、「ヨコの学歴」信仰がはびこる日本で実現するのは容易ではない。ジョブ型を進めて欧米の雇用システムに近付けたいのであれば、そのための要件を整理した上で、政府、企業が一体となって学生が専門分野を学ぶ環境を整える必要がある。

(山内麻理・国際教養大学客員教授)

<プロフィール>

やまうち まり

専門は雇用制度や教育訓練制度の国際比較、制度的補完性。カリフォルニア大学バークレー校 東アジア研究所、フランス国立労働経済社会研究所(LEST-CNRS)、ドイツ日本研究所で客員研究員、同志社大学 技術企業国際競争力研究センター、国際教養大学で客員教授(現任)。『雇用システムの多様化と国際的収斂:グローバル化への変容プロセス』(2013)が、労働関係図書優秀賞、日本労務学会学術賞を受賞、『欧州の雇用・教育制度と若者のキャリア形成:国境を越えた人材流動化と国際化への指針』(2019)が大学教育学会選書(JACUEセレクション)入賞。日本労務学会・学術賞審査委員、国際ビジネス研究学会・学会賞委員会委員などを歴任。Sapientia Forum 教育と雇用の未来を考える会を主宰。博士(商学)。

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