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経済・企業 EV市場の行方

3万ドル以下EVの実現に追い風 年内にも車載電池が値下がり 野辺継男

車載電池価格の低下により、EVの価格も大きく下がる可能性が出てきた(米テスラのモデル3)
車載電池価格の低下により、EVの価格も大きく下がる可能性が出てきた(米テスラのモデル3)

 中国電池大手のCATLとBYDの競争により、EV用電池の価格は大幅に低下。EVが急激に価格競争力を高める可能性が出てきた。

LFPリチウムイオン電池の性能向上がきっかけ

 筆者は、本誌4月9日号の電気自動車(EV)特集(「EV失速の真相」)の巻頭記事で、現在のEVが抱える課題として「高い価格」を挙げた。一段と普及するには、3万ドル以下の普及価格帯のEVが必要と指摘したが、実現する時期は意外と近いかもしれない。なぜなら、主要部品であるEV用電池の価格が更に急激に下がる見込みがあるからだ。

 ブルームバーグによると、EV用電池の平均価格は2010年の1キロワット時=1391ドルから23年には同139ドルとちょうど10分の1になった。21年まで下落を続けた価格は22年に1度上がったが(21年の同150ドルから22年の同161ドル)、23年に入り主要材料のリチウムの価格が大きく下がった。昨今の市場環境や技術革新等あらゆる変化を加味すると、電池価格の低下は24年以降、むしろ早まる可能性が予測される。

 22年にリチウムが高騰したのは、当時の自動車会社各社における販売予測の総和が非現実的といえるほどに大きかったことが一因と考えられる。その頃、EVの販売拡大を標榜(ひょうぼう)する少なからぬ数の欧米企業が「米テスラに追いつき、追い越せ」と製造計画を拡大していた。しかしそれを実現できたところは少なかった。

 中国も同様だ。昨今の中国系EVメーカーの躍進には目を見張るが、22年の販売実績はBYDが自社の年間販売目標の50%強を達成したものの、他では広州汽車のAion(アイオン)、吉利汽車(ジーリー)のZEEKR(ジーカー)等の限られた数社が年間販売の目標値を超えただけで、多くの企業は販売目標を達成できなかった。こうして世界的に見ても、各社のEV生産台数目標の高さが、価格交渉の中でリチウム等バッテリー資源の価格を高騰させた可能性は否めない。

急拡大するLFP電池

 一方で、19年から23年に掛けて、電池技術も大きく変化した。米国で生まれ、米国のEV冷遇時代に中国で育ったリン酸鉄(LFP)リチウムイオン電池の世界シェアが、19年の7%から、23年に42%にまで急拡大した。

中国電池大手のCATLとBYDの間で、価格競争が激化している(2023年10月、東京・有明のジャパンモビリティショーで展示されたBYDの車載電池「ブレードバッテリー」)
中国電池大手のCATLとBYDの間で、価格競争が激化している(2023年10月、東京・有明のジャパンモビリティショーで展示されたBYDの車載電池「ブレードバッテリー」)

 こうした変化は、LFP電池の性能が上がったこととLFP電池を使うBYDの中国国内BEV(バッテリー駆動のEV)とPHV(プラグインハイブリッド車)の販売台数が急拡大したこと、また電池最大手の中国CATLが中国製テスラのモデル3/Y、アイオン、ジーカー向けのLFP電池販売で急成長したことが挙げられる。

 そして、このCATLとBYD両社の更なる技術競争や事業拡大が、今後のEV市場の成長を左右する可能性がある。

 ここで、現在、世界でLFP電池を大量生産できるのは中国企業だけであることを確認しておく必要がある。背景として、LFP電池は中国国外では特許料や特許侵害リスクに抵触する懸念があり、23年にその制限が解除されるまで開発・生産は中国域内に限られていた。23年の制限解除を受け、昨年初頭から、韓国の電池メーカー各社はLFPの開発・製造の強化を表明したが、量産開始までは少々時間がかかると見られている。

 更に、中国メディア(CnEVPost/CleanTechnica経由)によると、CATLは今年の夏までに高性能なLFP電池を1キロワット時=60ドル以下で自動車メーカーに納入する予定だという。同メディアは、昨年のこの時期、LFP電池のコストは同110~124ドルであったものが、昨年8月までに83ドルまで下がったともいう。

 これほどの低価格を一般に提示可能とは考え難いが、大量購入や長期コミットを前提にした固定価格契約等があれば、資源サプライヤーとしても計画的で安定的な資源開発が可能になり好ましいはずだ。また、ブルームバーグによれば、リチウム価格の低位安定化に際して、昨年7月、テスラのサプライチェーン担当バイスプレジデントは電話会議で、「商品価格の下落は1台当たり数千ドルに相当する」「コスト削減を固定化するため、サプライヤーとの固定価格契約を30年末まで延長する予定だ」と述べたという。

EV価格9000ドル低下も

 BEVの平均バッテリー容量は60キロワット時であり、現在の電池コストが1キロワット時=139ドル(車からみた原価)から同60ドル以上下がるとすれば、車の一般的なコスト構造からすると販売価格が9000ドル程度下がる。例えば、価格4万ドル程度のテスラ・モデル3でも、3万1000ドル程度になる可能性がある。バッテリーのみならず、製造方法等のあらゆるコスト低減を総動員すれば、新たに設計される廉価モデル(最近の表現でアフォーダブル・カー)を2万5000ドル程度にすることは十分可能と推測される。

 更に、今までの常識と異なり、「高度な自動運転や運転支援、インフォテインメント(車内での情報娯楽)技術は高価なので廉価車には搭載不可能」と考えるのはもはや危険だ。SDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)と呼ばれるこれらの新しい世代の車は、走行性能やエネルギー管理まで、IT(情報技術)/IoT(モノのインターネット)でアップデートされ、運転支援機能の高度化も目覚ましい。そのために高度な半導体、センサー、ソフトウエアが搭載され、車の魅力や付加価値を高める。そして、それらを実現する情報通信技術のコストパフォーマンスは毎年2倍に向上し、量産でコストは更に下がる。

 そして、IT/IoT志向の高いテスラであれば、廉価EVでも基本機能は上位モデルと同じセンサーや半導体を搭載するものと推測される。そして、廉価EVが既存モデルの数倍走り回るようになれば、大量のデータを必要とする自動運転ソフトウエアの開発が急速に進む。一時期、一部海外メディアが、「テスラが廉価版EVの開発中止を決定した」と報じたが、テスラCEOのイーロン・マスク氏が汎用(はんよう)AI(人工知能)を利用した自動運転の実現を優先するのであれば、データ量拡大のためむしろ廉価EVの市場導入は望ましいはずだ。実際、同氏は4月23日の決算発表後、廉価EVの近い将来の導入を示唆した。

 EV市場を巡る動きを自動車産業における新たな技術革新や事業構造の急速な変化という視点から、見極めていただければと思う。

(野辺継男〈のべ・つぐお〉名古屋大学客員教授)


週刊エコノミスト2024年5月14・21日合併号掲載

車載電池価格、年内に急低下か 廉価EVの開発に強い追い風 野辺継男

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