週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

サッカーの母国で芝生管理に挑戦――村井郁允さん

「日本とは芝生に対するお金のかけ方がまったく違います」 村井郁允さん提供
「日本とは芝生に対するお金のかけ方がまったく違います」 村井郁允さん提供

アーセナル「グラウンズパーソン」村井郁允/115

 サッカーのイングランド・プレミアリーグで言わずと知れた強豪アーセナル。日本代表の冨安健洋選手も所属するクラブで、練習場の管理に心血を注いでいるのが村井郁允さんだ。(聞き手=元川悦子・ライター)

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── グラウンドの芝生管理のプロである「グラウンズパーソン」として、2022年夏からサッカー・イングランドの強豪アーセナルで従事しています。どのように日々の管理をしているのですか。

村井 Jリーグの場合はクラブが芝生管理会社と契約して、練習場の管理をするのが一般的ですが、イングランドの場合はクラブが自分のようなグラウンズパーソンを雇って維持・管理をしています。アーセナルには現在、グラウンズパーソンとして18人のスタッフがいて、みんなで回しながらロンドン北部の郊外にある練習場の11面のピッチを見る形になっています。

 1日のサイクルを簡単にいうと、仕事は午前8時からスタートして、終わるのが午後4時半。内容は日によって違いますが、芝刈り、散水、肥料を与えるといった作業を日常的に行っています。芝の補修作業も重要ですね。選手がボールを蹴った後は芝が削れたりしやすいので、細かい部分までチェックし、必要に応じて手を入れています。

── イギリスは雨が多く、天候も頻繁に変化する印象があります。

村井 そういった気象条件も影響しているのか、日本とはお金のかけ方が違いますね。新しいテクノロジーも積極的に導入しています。一例を挙げると、芝の成長を促す高性能のライトですね。日本でも最近は少しずつ導入が始まったと聞きますが、僕らは最新性能の機器を使っています。天然芝と人工芝をミックスさせた「ハイブリッド芝」の導入も日本では進んでいますが、こちらでは強度を高めたハイブリッド芝は何十年も前からある技術。それだけ芝の管理に関しては技術が進んでいると思います。

── そんなに日本と違うんですね。

村井 もう一つの大きな違いは、年に1回、芝生を剥ぎ取って新たに作り直すこと。それには衝撃を受けました。まだ使える状態の芝生を剥がして、新しい砂を入れて、また種をまいて育てるというコストも手間もかかる作業を毎年やることは、日本のサッカークラブではありません。それによってグラウンドの芝の良好な状態を保っているんです。

アルテタ監督らの粋な計らい

── 具体的なエピソードはありますか?

村井 選手やコーチングスタッフが定期的にメッセージカードを自分たちの控室に届けてくれたりしますね。スタッフ一人一人に「サンキュー」「いつもサポートありがとう」と直筆サインを添えた手紙を書くというのは、本当に気配りがすごいなと感じます。

 この1年半で一番驚いたのは、22年12月のクリスマスの時に、ミケル・アルテタ監督とエドゥ・ガスパールSD(スポーツ・ディレクター)が従業員全員にケーキをプレゼントしてくれたこと。かなり大きなケーキを一人一人に贈るというのはなかなかできることではないですね。クラブを支える従業員への感謝やリスペクトがなければ、そこまでのことはできないでしょう。僕自身、すごく感動しましたし、やりがいを感じました。

── アーセナルには日本代表の冨安健洋選手も在籍していますね。

村井 冨安選手とは食堂ですれ違うくらいで、話をすることはほぼありません。今、アーセナルには冨安選手と山本孝浩トレーナー、僕という3人の日本人がいますが、全員がそれぞれの立場からクラブに貢献できればうれしく思います。今はトップチームも優勝争いをしていますし、自分がスタッフとして関わっている時にタイトルが取れたら本当にスペシャルなこと。そうなるように願いながら、日々、仕事をしています。

 1995年に岐阜県で生まれた村井さん。02年のサッカー・ワールドカップ(W杯)日韓大会を見てサッカーに興味を持ち、小・中学校時代にボールを蹴ったものの、プロを目指すようなエリートではなかった。サッカーに心を残しながら、県立岐阜農林高校、名城大学農学部と植物を育てる分野を学ぶうち、大学2年の15年夏、単身でイギリス旅行に出かけたことが大きな転機になった。

英国のEU離脱が「チャンス」

── 村井さんがプレミアリーグのグラウンドパーソンを本気で目指そうと決意したのは、大学2年の時のイギリス旅行だったそうですね。

村井 そうです。ロンドンに2週間滞在し、アーセナルの本拠地エミレーツ・スタジアムを筆頭に、「サッカーの聖地」と呼ばれるウェンブリー・スタジアムなどを見て回り、ピッチの素晴らしさに心から感動しました。芝生を刈っているスタッフの姿も目の当たりにし、「この最高峰の環境で自分も働きたい」という思いが芽生えました。あの経験は貴重でした。

「選手のケガの責任は、僕ら芝生管理者にある。上司の言葉を頭に刻み込んで仕事をしています」

── 大学卒業後は日本の芝生管理会社に就職します。

村井 まずはスキルを身に付けることが先決だと考えました。そこで、Jリーグクラブの芝生管理に携わっている会社を調べて、東洋グリーン(東京都)の門をたたきました。会社が名古屋グランパスの練習場の仕事をしていることももちろん知っていたので、自ら手を挙げました。本当に配属してもらえるとは思っていなかったのでありがた…

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