ドラッカーの経営思想——なぜ、イノベーションが重要か 石井泰幸
有料記事
1930年代、大恐慌という人類史上空前の大不況の中で、米ゼネラル・モーターズ(GM)のキャデラック事業部は他の自動車メーカーと同様、不振に喘いでいた。しかし、修理工から身を立て、キャデラック事業部の責任者となったニコラス・ドレイシュタットは、「我々の競争相手はダイヤモンドやミンクのコートだ。顧客が購入するのは、輸送手段ではなくステータスだ」と述べ、顧客が何を買っているのかを発見した。これにより、ドレイシュタットは、キャデラックをステータスと再定義することによって、新たな顧客を生み出すことに成功し、破産寸前であったキャデラック事業部を大恐慌下にもかかわらず、成長部門へと押し上げた。
企業の目的は「顧客の創造」
これは、ピーター・F・ドラッカーが主著『マネジメント』(1973–1974)で取り上げた顧客創造の成功事例である。ドラッカーは企業の目的をずばり顧客の創造と定義したが、その手段としてイノベーションが必要であると説いた。反対に、いかなる不況に直面したとしても、企業は、イノベーションを通じた「顧客の創造」に成功できれば、利益を上げることができる。『マネジメント』の邦訳エッセンシャル版(上田惇生編訳、ダイヤモンド社、2001年)には「基本と原則」と副題がつけられているが、基本と原則を遵守することによって、顧客の創造が可能となる。だからこそ、この基本と原則が全ての企業にとっての生き残りのカギとなる。
一般的に、不況は現代マクロ経済学の祖として高名なジョン・メイナード・ケインズ(1883–1946)以来、有効需要の不足に由来するとされてきた。つまり、人々が不況に直面すると、将来に対する不安から物を買わなくなり、貨幣をため込むようになる。その結果、さらに需要が減少し、不況が一層深刻化することになる。だからこそ、ケインズは、政府が完全雇用が達成されるまで支出を増やし、有効需要不足を解消することが重要であると考えた。しかし、ドラッカーは、このようなケインズの立場には極めて批判的である。米フランクリン・ルーズベルト大統領は大恐慌からの経済の立て直しを図るべくケインズ政策のまさに体現と言えるニューディール政策を実施したが、ドラッカーはそれが投資の回復や失業の減少をもたらすことはなかったと指摘する。
また、ケインズの有名な言葉として「長期的には我々はみんな死んでしまう」というものがある。これは長期的に実現される市場均衡を待っていたのでは、いつ終わるか分からない不況に延々と耐え続けなければならず、だとすれば短期的な政策によってさっさと不況を終わらせるべきというケインズの立場を端的に要約したものである。この考え方に対しては、ケインズのライバルとされてきたフリードリヒ・ハイエク(1899–1992)をはじめとする多くの経済学者から批判が寄せられたが、ドラッカーもまた短期的な政策が長…
残り2973文字(全文4173文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める