週刊エコノミスト Online ロングインタビュー情熱人

アングラ演劇を文化に――金守珍さん

「梁山泊と名付けたのは、正義感と義侠心を持った集団でいたいからです」(撮影=武市公孝)
「梁山泊と名付けたのは、正義感と義侠心を持った集団でいたいからです」(撮影=武市公孝)

劇団「新宿梁山泊」代表 金守珍/117

 前衛的かつ幻想的な演劇に取り組む劇団「新宿梁山泊」を率いる在日韓国人の金守珍さん。野外のテントを舞台に、寺山修司や唐十郎らが切り開いたアングラ演劇を継承しようと、最前線で走り続ける。(聞き手=大宮知信・ジャーナリスト)

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── このところ劇団「新宿梁山泊」や金守珍さんが演出する作品の公演が続いています。昨年には「少女都市からの呼び声」(唐十郎作)を、異なるキャストと演出で3本続けて上演しました。

金 1本目は昨年6月、東京・新宿の花園神社のテントで35年ぶりに、(唐十郎さんが旗揚げし、1988年に解散した劇団)「状況劇場」時代の俳優でやりました。「地球の涙」というガラスの子宮を持つ少女の話で、ガラスのビー玉を10万個使ってね。7月には、新宿の「シアター・ミラノ座」で、(アイドルグループ)「関ジャニ∞」のメンバー、安田章大さんと、元宝塚(歌劇団)の咲妃みゆさんでやりました。

 さらに、これをまた新宿梁山泊の若手俳優に受け継ぐために、昨年10月に東京・下北沢の劇場「ザ・スズナリ」で若衆公演としてやったわけです。この3本のうち、シアター・ミラノ座でやった咲妃みゆさんの演技が評価されて、第31回読売演劇大賞の優秀女優賞に選ばれました。うれしいですよね。

── 昨年は関東大震災から100年目にもあたり、朝鮮人虐殺の悲劇を描いた「失われた歴史を探して」(金義卿(キム・ウィギョン)作)を10月、新宿梁山泊としてザ・スズナリで上演しました。どうでしたか。

金 大好評でした。金義卿先生の作品を上演するのはこれが2本目。その前には劇団文化座の公演で、金義卿先生の「旅立つ家族」を10年間やっています。日本全国で延べ300ステージぐらいになり、これも賞をもらいました(昨年12月、主役の藤原章寛さんが第58回紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞)。僕らは時間的に全国を回れないので、金義卿先生の作品の第2弾として、劇団文化座とまた提携できたらと思っています。

── 「失われた歴史を探して」の公演は、「在日」という金さんの思いもあったのですか。

金 もちろんですよ。小さいころから(関東大震災に関する)いろんな本を読んだりドキュメンタリー映画も見ていて、100周年ということもあったので、やはり逃げられないな、と……。なぜこういうことが起きたのか、またこういうことが二度とあってはならないという観点で、歴史を正しく理解し、正しく次の世代に受け継がれていく作品にしたいと思ってね。僕の一生をかけてやる作品かなと思っています。

「失われた歴史」上演に使命感

── 昨年はドキュメンタリー作家の森達也さん監督の映画「福田村事件」も話題になりました。「福田村事件」では朝鮮人と間違われて日本人が虐殺された実際の事件を描いています。

金 素晴らしいですよね。それもタイムリーに公開されたので、「失われた歴史を探して」の劇の中に福田村事件の話も入れたんですよ。「失われた歴史を探して」は100周年が契機となりましたが、僕にとってはまだ始まりですから、これからもライフワークとして使命感を持ってやらなきゃいけないと思っています。演劇鑑賞会というのが日本全国にあるので、そこにオファーをかけながら作品を成長させていきたい。

── 韓国演劇協会理事長も務めた金義卿さんは2016年に亡くなっていますが、生前にどんな交流があったのですか。

金 金義卿先生とは大変古い付き合いです。僕が新宿梁山泊を旗揚げした87年の11月、ソウル五輪(88年)の芸術監督をしていた金義卿先生が五輪関係の仕事で来日し、僕らの公演に慰問に来られて以来。僕が韓国に行くたびに先生は食事をご馳走してくれました。いずれ「失われた歴史を探して」をやりますという話は先生にしてあったんです。本当はご存命のうちにやりたかったんですが、それがかなわなかったのは残念です。

「失われた歴史を探して」は、虐殺された被害者ではなく、加害者、虐殺をした側から書いている。そういう日本人を書きながら、それに対抗する朝鮮人という構図がものすごく新鮮でしたね。「朝鮮人がやられちゃってかわいそう」「日本人が憎い」じゃなくて、なぜ日本人が加害者になったのか、その虐殺した側の人が罪を背負って慰霊の旅に出るという話なんです。

 東京都出身の金さんは1954年生まれ。東海大学工学部電子工学科を卒業後、演出家の蜷川幸雄さんの門下生を経て79年、唐十郎さん率いる劇団「状況劇場」に入る。寺山修司が主宰する劇団「天井桟敷」をはじめ、既成概念を打ち破るアングラ演劇が世に衝撃を与え続けていた時代。金さんはその後、87年に劇団「新宿梁山泊」を旗揚げし、アングラ演劇を「文化」として継承しようと、国内外で精力的に活動する。

北朝鮮行きも考えた学生時代

── 電子工学が専門でした、なぜ180度異なる世界へ足を踏み入れたのですか。

金 違いすぎますよね。僕、空手をやってて文化的なものに弱かったのと、役者をばかにしていたところがあったんです。ただ、韓国では金芝河(キム・ジハ)が捕まって死刑判決を受けるような時代の中、金芝河と唐十郎がお芝居をやっているんですよ(72年、ソウルで)。それが現代史における日韓の最初の交流の場だったんです。

── 金芝河は…

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