国際・政治 米大統領選
米M&Z世代は反トランプ+親パレスチナ 選挙の行方を左右する若者たち 中村美千代
米国のミレニアル・Z世代は政治に敏感だ。パレスチナ問題が選挙を左右する可能性もある。
波乱要因に“第三の候補”も
混沌とする米大統領選の行方は、5月30日にドナルド・トランプ氏の「不倫口止め料」裁判で、ニューヨーク州地裁が有罪評決を下すという出来事があったものの、依然としてトランプ氏の支持率は高い。トランプ氏の支持層は基本的に「高齢、保守層」が多く、若者層の支持は少ない。
米国では人口の4割(約1億3000万人)を占める「M(ミレニアル)世代」(1980年代~90年代半ば生まれ)と、Z世代(90年代半ば以降生まれ)が、選挙に大きな影響を与えるといわれている。M世代の特徴としては、人種や民族が多様で、マイノリティーの割合も高く、政治に強い関心を持ち、インターネットを駆使して、社会や政治を変えようという意識が高いなどの点が挙げられる。2008年に民主党のオバマ氏が大統領に当選した背景には、M世代の動向が影響したともいわれている(『アメリカを変えたM世代』11年、岩波書店、モーリー・ウィノグラッド 、マイケル・D・ハイス著、横江公美監訳、中村美千代訳)。
M・Z世代は「反トランプ」
Z世代は、M世代よりもさらにITが進展した中で育った「デジタルネーティブ世代」であり、マイノリティーの割合はM世代よりさらに高く、多様性を重視し、気候変動や経済格差などの問題に強い関心を持つといわれる。こうしたM世代やZ世代にとって、トランプ氏はおそらく容認できない候補者であろう。事実、22年11月の中間選挙では、各メディアが「共和党の圧倒的勝利」を予想する中で、上院は民主党が勝利、下院は共和党が勝利したものの苦戦を強いられた。この年はロシアのウクライナ侵攻に伴い、物価や燃料費の高騰が続いていたため、民主党の苦戦が予想されていたわけだが、結果はトランプ氏が支援した多くの共和党候補者が落選した。
なぜこうした結果になったのか。分析はさまざまあるが、Z世代の多くが中絶の権利を認める民主党の候補者に投票したことが影響したといわれている。M世代とZ世代にとって男女平等は当然という意識であり、大学・大学院の進学率は女性が男性を上回っている世代でもある。ここで注意したいのは、Z世代は特に女性差別問題に敏感という点だ。
その例として、22年6月に連邦最高裁判所が女性の人工妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を破棄し、人工中絶を認めるか否かを各州の権限に委ねたことに、Z世代が反発した動きが挙げられる。最高裁(判事9人)は、妊娠15週以降の中絶を禁止するミシシッピ州法は「ロー対ウェイド判決」などに照らし違憲だとする同州のクリニックの訴えについて、6対3で違憲ではないと判断した。「違憲ではない」と判断した判事6人は保守派で、うち3人はトランプ前大統領の任命で就任した人物だった。
バイデン大統領は、この最高裁判断を「悲劇的な過ち」と批判。女性が中絶する権利を守る連邦法の制定を目指す考えを示し、中間選挙で民主党に投票するよう呼びかけた。6月の最高裁判断により、保守的な州では人工妊娠中絶を禁止する動きが強まり、中絶を希望する女性は中絶を認める州まで移動しなければならない事態となった。
その中で10歳の女子が性的暴行を受けて妊娠したが、住んでいるオハイオ州では中絶できず、隣のインディアナ州に移動して中絶をしたという悲劇も起きている。オハイオ州では最高裁判断を受けて、妊娠6週以降の中絶が原則禁止されていた。
こうした状況にZ世代は一斉に抗議の声を上げ、デモも行われた。そして、中絶の権利を認める民主党の候補者に投票したたため、当初の予測に反して、中間選挙で共和党が苦戦するひとつの背景となった。
では、バイデン大統領がなおもM・Z世代の支持を得られているかというと、今は流動的だ。バイデン氏の高齢がM・Z世代にとって支持のネックになっているが、何より大きいのは、イスラエルのガザ攻撃をバイデン氏が支持していることが、マイナス要因となっている。11月の本選挙でZ世代がどう動くのか。今回の大統領選の大きなポイントと見てよいだろう。
ケネディ旋風
ここまでM・Z世代について述べてきたが、ここにきて、世代の動向とは別に、「第三の候補者」の動きが、大統領選にかなり影響を及ぼすのではないかとの見方が出始めている。最後に、この話にも少し触れておきたい。
第三の候補に関しては、すでにケネディ元大統領の甥(おい)のロバート・ケネディ・ジュニア氏が、無所属で出馬を表明しており、当選の可能性は低いものの、すでにバイデン氏から相当数の票を奪うとの予測が出ている。トランプ氏の票を奪うとの見方もあり、情勢は複雑になっている。
第三の候補が主要候補の片方を利する現象を防ぐ取り組みとして、「優先順位付け投票(RCV)」という手法を導入しようという動きも出ている(本誌21年10月5日号エコノミストリポート参照)。RCVでは、候補者が過半数を獲得すれば、通常の選挙と同じように当選が決まるが、どの候補者も過半数に達しなかった場合は、候補者の「ランク付け」が適用される。まず最も得票数の少なかった候補者は除外され、除外された候補者を1位に選んでいた人々の票が、彼らが2位に選んでいた候補者に再分配される。再分配の結果、過半数に達した候補者が当選するという仕組みだ。いわゆる死票を減らし、有権者の意向をより反映させた選挙結果を目指すという試みだ。
RCVは04年11月にサンフランシスコ市の市議会議員選挙で全米で初めて実施され、21年6月にニューヨーク市長選挙の民主党予備選でも採用されている。全米にRCVを導入しようと取り組むNPO(非営利団体)「FairVote」の共同設立者スティーブン・ヒル氏は、筆者とのオンラインインタビューで、「将来は大統領選に採用されることもあり得る」と語る。すでにメーン州とアラスカ州では今年の大統領選挙でRCVを採用する予定としており、こうした選挙方法の変化も、注目だ。
(中村美千代〈なかむら・みちよ〉未来工学研究所特別研究員)
週刊エコノミスト2024年7月9日号掲載
米大統領選 米大統領選左右する若年世代 “第三の候補”も波乱要因に=中村美千代